土佐街道周辺の巨樹 ・・・ 3/6
阿南市の橘港は、阿波水軍の本拠地であった大小の島々が浮かぶ景勝地。中でも四国最東端の蒲生田岬
は、空と海との間に裸で飛び出したような壮快な気分が味わえる。
その蒲生田岬の付け根あたりにある大宮に、目通り10mを超す楠があるというのだが。
大宮八幡神社の楠 目通り13.95☆10.8m/樹高10m/枝張り22.5m/阿南市大宮・八幡神社
主幹の目通りという定義にはあたらないような異観で、根株上更新とでもいうような壮絶な樹形だった。根元
の下部にはコタツが敷ける程の大きな空洞があり、これはかなり前に枯渇した巨木だろう。その上にのたうつ
ように若い樹が根を這わせている。この樹がいずれはこの根株を飲み込んでしまうのか。根元の異常に隆起
した巨樹の正体は、これだったのかもしれない。境内には他に、6m近いシイや、ムクの大木等もある。
樹と海岸の風景を堪能したら、ここで土佐街道を渡って市の南西部に向かう。併走する牟岐線のローカル列
車が、潮風をかき分けて南に走って行った。こちらはゆっくり進もう。
JR新野駅前を通って新野町へ。落ち着いた路地の中に、一際立派な社叢があった。
轟神社の楠群 目通り6.62m/樹高19m/枝張り29.7m/阿南市新野町宮の久保・轟神社
目通り10.53☆5.64m/樹高19m/枝張り19.3m/県指定天然記念物
新野町の中心部あたりにあって、照葉樹の群生がすばらしい。中でも上記の2本は根元の重量感と重厚な
幹で、広々とした神域は、さながら木々のつくる翠のドームとでもいった雰囲気だった。地元の人が多く出て、
境内の掃除をしている。日常の事なのだろう。樹の裏に廻っても、塵一つ見あたらないのには驚いた。
轟神社から少し引き返して、桑野川の源流に沿った道を南に下る。あの弘法大師もこの道を歩いたのだろう。
御大師さんに縁のある一本の杉が、このすぐ先にあるようだ。農家のおばさんが嬉しげに山の麓を指さした。
月夜お水大師の大杉 目通り6.12m/樹高24m/枝張り16.2m/阿南市新野町月夜・お水大師
山の麓の小さな境内に大杉はあった。無造作に立ったような素朴な樹影だが、その由来が興味深い。
弘仁二年(811)ここを訪れた弘法大師が、月の明かりで野宿しよとした際に、月は山の向こうに隠れて見え
なくなった。御大師さんは一心に祈り、この月を再び引き戻したというのである。さらには手を洗うために岸を
つついて水を湧かせたという。それが地名の元になったという事で、杉はその折りに彫った薬師如来、不動
尊の余った枝を地に差したものだとされている。樹齢は1000年という事でやや勘定が合わないが、こういっ
た話を大切にする阿波人の余裕は快く感じられた。枝が弓状に這い上がる様から別名逆杉と言われている。
川沿いの田舎道を戻り、土佐街道に。阿南市から短いトンネルを幾つも越えて、ウミガメの来る砂浜。日和
佐町の大浜海岸へ。