魚梁瀬森林鉄道/千本山 ・・・ 2/2


     

     奈半利川線は、奈半利町を抜けると大半は北川村を走る。一歩山に入れば、今では信じられないほど荒れた藪の中に鉄

    道のレールの残骸が赤さびたまま転がっている。その中でも、現在明確にその存在を留める遺物として、小島にある堀ヶ生

    橋がある。当時はこの鉄橋をガタゴトと鳴らして、巨木を満載した貨車が50両も連なったという。中には直径3mで樹齢500

    年以上の巨木もあったそうだ。今は農夫と旅人が渡るばかりである。


     この北川村にもまだ、その話を彷彿とする大杉がある。堀ヶ生橋よりややヤナセ寄りの島という所の神域である。奈半

    利川を渡って寺の下から泥道を上っていく。かなりの急勾配の上、所々に岩が転がってかなり体力を要する道だ。やがて石

    段が見えてようやく島の星神社に到着した。星神社には、目通り5m前後の杉が5本程あり、境内のはずれに島星神社の杉

    がある。真っ直ぐに伸びた主幹は目立った損傷も無く、もし用材とするならばまことに好適な樹影ではある。大正期には、本

    当にこれ程のものが次々と切り出されていたのだろうか。


     さて、いよいよ千本山に向かうのである。ヤナセの丸山台地を過ぎ、ダム湖に沿って山の奥へ奥へと分け入って行く。やが

    て道が狭まって、千本山の登山口が近づくにつれて、川向こうに連なった杉の樹冠がどんどんと高くなっていく。そしてそのど

    れもが、堂々たる巨木の樹相に見えるのである。

             

     目通り3m以上のものが1000本以上。この吊り橋から向こうが巨木の森である。そしてこの吊り橋のすぐ先にあるのが

    橋の大杉で、澄み切った流れと鮮烈な翠から、ゆらりと伸び上がったヤナセ美林の主である。斜面に立ちながらも幹はあくまで

    も通直で、真っ直ぐに天を突く。杉の手本のような大杉がこの先には群がっているのだろうか。


     上り始める頃から空模様が怪しくなってきた。素直に伸びた杉、ヒノキが連なる。橋の杉の他、子持ち杉、傘堂の杉等の名が

    ついた杉がある。ただ圧倒的な巨樹が無いのも美林の美林たるところか。巨樹は樹形に狂いが生じるため、多くは用材に適さ

    ない。そのため搬出の邪魔者として切られるか、逆に放置されるか。その後者として残されたものが忽然と山の斜面に存在す

    る場合がある。その典型がこの千本山から南にある室戸市の段の谷山であろう。ヤナセ美林の好対照とも言うべき巨大な荒

    れ杉の森である。千本山は美杉ながらも残された希少な巨木の森なのである。

  

     山頂に到着した頃、霞は雨だれとなって落ち始め、沈黙の山は突然葉音をたててゴウゴウ、ザワザワと呻り始めた。

    見上げれば高い樹幹の隙間から墨色の雨雲が立ちこめている。徐に山を下り、吊り橋を渡ると、雨足はいよいよ強まって

    振り返れば遠ざかる巨木の森は既に雨空の幕に覆い隠されていた。

 

 


次回「巨樹のある風景」は、「段の谷山・巨杉の森に幻の天狗杉を探す/室戸市」の予定です。