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『……この場合のガードはクライアントに先行し、店内の最も奥まった席に誘導すること。窓際は避けるべきだが、不可能な場合は鉢を置く、カーテンを引く、ポスターを貼るなどして自衛する。
望ましいのは、後方側方とも壁に仕切られた席である。壁の暑さの確認を怠ってはならない。通
路側には植木鉢、衝立て等をセットし、ガードはクライアントの正面に着席する。この時、入り口から見てクライアントが死角に来るよう留意しなければならない。』
(J・タッカー著 ボディガードの基本術)
修野賢三氏にだって理想の女性像がある。
わざわざそう断らねばならないところが修野たる所以だが、とにかく彼だって男であるからには、こんな女性いいなって夢があるのだ。
彼の理想は、津軽海峡冬景色。
カラオケにおける中高年の定番だ。おりゃもうオヤジよと暴露しているようなあものだ。
いくらなんでもいるのかそんなの、現代日本。彼がいまだ独身なのもむべなるかな。しかし、夢を見るのは個人の自由だ。夢に殉じたっていいじゃないかよ、俺の勝手だろ。と本人が納得しているのなら構わないだろう。
まして修野賢三という男は、ごーいんにまいうぇいのマイペース。俺の前に道はない、なら蹴散らしてでも作るまで。御意見無用の暴走トレーラー人間型。この男だけは加齢による人格円熟とは無縁だと人々に思わせる男なのだ。
これと決めた修野は止められない。
ところがところが。
決してまけない人生などない。
修野賢三、負けっぱなしの女がいる。 どんな女かといえば、それはもう津軽海峡冬景色。
工藤深雪は、美人で有能でしっかりもの。おへそだって平気で出せる若さを誇る。どうだ?
そんでもってだな、店に入ると店員の案内なぞ待ちもせで、ずかずか上がり込んでは壁を背にしたお気に入りの場所をめざし、テーブルをがんがん叩いて、己の酒量
に耐えうるだけの強度か否かを確かめたあげく、奥の席を指さして、
「あんた、ここ」
指図するのだ修野に。
それに対し、てめえの指図は受けねぇよっとこれまでの人生で何度ほざいたかわからない男はどうしたか?
彼は黙って座ったのだ。
くわえっぱなしのマルボロからほのほの煙を吐きながら。
そして深雪がハイライト出してくわえながら、
「とりあえず、ビール」
なぞとのたまうのを聞きながら、おもむろに口を開く。
「俺はカルピス」
どうしたんだ、修野さん?
最初からこうだったわけではない。
初対面はハッキリいって気に食わなかった。
なにしろ工藤深雪は日本の女がなんだかだいいつつ、今だ維持している奇妙な謙虚の美徳を全く持たないのだ。
飲むかという話になれば、日本の女は任せますと言うだろう。そして男の後についてくるだろう。不満があってもその場では口にせずあとで、外れだったなぞとほざくだろう。
が、深雪という女は。
「いい店があるわよ」
と男でもめったに足を運ばないような、場末の小汚い酒場にひっぱってゆき、さっさと席を選んでは奥にどかりと座り、己が前の席を指さす。
「あんた、ここ」
もちろん修野はここではははと苦笑いして従い、後でなんだあの女はと罵る、日本の男の美徳は持ち合わせていない。
「てめえの指図は受けねぇよっ」
と怒鳴って、となりに割り込んだり、違う席に行ってしまったり。まあ、子供っぽいことをしでかしていたものである。
対する深雪も受けて立つ。
拗ねてんじゃないわよはまだいい。尻の穴の小さい男ねぇまでいってしまうともう、暴言から手がでて足が出て、どちらも腕に覚えのある者どうし、ということは遠慮の必要はないということで、客になる前から店が壊れてしまったこともしばしばだったりする。
おかげで、修野、工藤ご両名様お断りの店が増え、つきあってくれる同僚もいなくなった。
それでいてなぜまた相変わらずふたり飲みに行くかと言えば、気が合う、話が合う、好みが合うからとしかいいようがない。
「やっぱりここのもつ煮が最高だよなっ」
カルピスなめなめ修野が言えば、
「壷出し焼酎にナンコツ塩っ。も、たまらないわねぇ」
と深雪が応じる。
そいでもってふたり息を詰めながら、ケイタイをのぞきこんでしばし。
「あああっ」
と深雪が頭をかかえ、
「くそおっ」
と修野がコップをテーブルに叩きつける。
「4-5か? 4-5かあっ」
「ひどい、これが5-4だったらあっっ」
深雪はこぶし固めて叫ぶ。
是は競馬ファンがちょくちょくやる謎の会話である。
「もーう、ちょっと泡盛ちょうだい。今日は飲んでやる」
「おう、俺もカルピス。ぐっと甘くしてくれっ」
「それから、ナスの田楽とジャガバターとばくらいとししゃもと」
「トリ、トリ。トリもっ」
「ねぎまとから揚げっ」
「よし」
こんなふたりは同僚達から見ても
「親友だな」
「男と女じゃねぇな、ありゃ」
「さわやかですネ」
「どこがっ?」
だったりする。
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