ボディガードの基本術
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作:JUDY鈴木
 
 その夜もふたりで飲んでいた。
 酒はなんでもこい底なしの深雪とカルピス一辺倒しかも甘口要求の修野だ。なじみの店ともなると、修野専用カルピス原液が用意してある。これでへべれけになれるのだから、洪明あたりが聞けば、もしやカルピスに興奮性のある薬物が混入されているのかもしれないと疑うところだ。
 それとも、修野は乳清で酔える特異体質なのであろうか?
 ともかく修野は気持ちよく酔って、深雪がぶちあげる勝てる馬の見分け方を拝聴していた。
「だからねっ、私やっぱり馬は尻だと思うの。 どれだけ頑丈なケツをしているかで、最後のスパートが決まると思うの」
 いくら酒場とはいえ妙齢の女性が声高にまくしたてていい話題じゃない。客はおそろし気に横目でうかがっている。血相変えて入店してきた男が、
「とにかくケツよ、ケツ! 」
 にびびってたたらを踏んだ。
 が、すぐに態勢をなおし、
「修野お!」
 わめいて撃った。
 素人だ。
 プロは声をかけたりしない。そんなタイムラグを作っていては仕留められない。その証拠に男が発砲した時、修野、深雪ふたりとも席を蹴っていた。
 だが素人というものは、まずもってまともに狙えない。発射の衝撃で腕が大きくぶれ、的を外すなどあたりまえだ。
 そいつの弾も修野がいた席どころか天井、蛍光灯を割るにとどまった。が、その下に避難したばかりの修野がいた。企まざるビギナーズラックがありえてしまうのも、素人ゆえか。
 ぱあんと乾いた音がして、蛍光管のかけらがふりそそぐ。
「ダンナ!」
 深雪は呼び掛けざま、目前のとっくりを男に投げつけた。まだ熱い酒が入っている。
 こちらはプロ。狙いたがわずまともに男を直撃し、熱燗をも浴びて男はひっくりかえる。
「おう」
 修野が応じる。とっさに、コートの裾でかばったのだろう。頭から浴びたわりには損傷は少ない。 身を起こすとざらあっとかけらが散った。
「こっち!」
 深雪の先導でふたりは外へ脱出した。
 あわてたのは素人ヒットマンである。瘤と火傷で赤く腫れたでこを押さえよたよたと追跡にかかる。
「待ちやがれ」
 深まりゆく夜の街をコートの裾ひるがえして逃げてゆく修野の後ろ姿が見えた。払いきれなかったかけらが、走るたびきらきらとこぼれてゆく。それをめあてに男は追った。
 さほど追う必要はなかった。
 横町にもぐりこもうとした修野があっとうめいてしゃがみこむ。足を捻ったらしい。とみて男は色めくたった。
「やろうっ」
 勇躍したとたん、横から足払いをかけられもんどりうって転がった。銃はアスファルトに叩きつけられ、だめ押しに修野の靴が蹴りとばす。
 足をかけたのは深雪だった。そのまま馬乗りになって男の首を締め上げる。
 手慣れたふたりの連携には素人なぞ敵ではない。
 修野は、男の前髪をつかんで顔をあげさせた。
「おめえ、どこの鉄砲弾だ?」
 唾を吐きかけようとしたが、絶妙のタイミングできゅっと締められ咳き込む。
「つっぱらかるんじゃないよ、ぼうや」
 深雪の声は押し殺していてもよく通る。別の場面で囁いていただきたいと男なら願うだろうが、現状なかなか殺伐としていた。
「そうそう。このおネエさんは締めるのがうまいんだぜえ。あっという間に天国よ」
「でも窒息死って結構きったないのよねえ」
 こんなきれいな声をして、何故に内容はこれなのであろう。
「吐くし漏らすし」
「こないだのやつあ、ひりだしやがったよな」
 修野までがしたり顔。
「そーそーくっさい死ざま。したい?」
 甘い声で聞かないでください。
「ま、まってくれ…おれあ、悪気はねえんだよう」
「あほうっ」
 修野は一発張った。
「ぶっぱなしといて悪気がないだあ?甘えたガキだな。悪気ないですみゃあ警察はいらねえよっ」
「やはり教育の問題かしら?」
「しつけ直したろかい」
 こういう会話に流れるあたり講師根性のたまものであろうか。
「ああ、すみませんすみません。俺、俺ただおどしてこいって言われただけなんですよう」
「誰に?」
「ご豪田さん」
「なんだとおっ」
 修野の形相がかわった。 「あーのすかたんっ」
 その名には覚えがある。
「えっ?誰だれ?」
 乗り出す深雪に説明する。
 豪田は古馴染みだ。組幹部として野望を抱いた豪田にはもう一段上を狙って 内紛を起こし、幹部のひとりを抹殺してのけた忘れたい過去がある。忘れたいのだが、忘れられないのは修野に尻尾を握られているからだ。証拠も取られている。まだ若かったせいか己の手で殺ろうと気負い込んでしまったのが間違いのもと我が手で腹にめりこませたドスには幹部の血と豪田の指紋がばっちりついている。
 この分析結果を修野が出すところに出せば、豪田は組織と警察両方から逃げ回らねばならない。
 修野にしてみればどうせヤクザ同士のゴタゴタだ。仲間内で殺しあっている分にゃ勝手だぜっ、とばかりに見逃してやったのだ そして便利に使ってきた。
 卑怯はお互いさまだ。とすればこの状況も。
「自業自得か」
 正義の味方をきどるつもりはない。情報屋なぞ汚れた手を持っていなければつとまるものではないのだ。そして遅かれ早かれ最後はくる。報復という形で。
 だが、ただでやられたりはしない。豪田は自信の浅はかさの報酬をきっちり受け取ることになるだろう。
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