ボディガードの基本術
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作:JUDY鈴木
 
「あのやろう、タコ殴りにしてくれる」
「面白そうね」
 深雪の目も輝いている。
「殴り込み?一口乗せてよ」
「おうよっ」
修野もその気。
「こーんなあまやれのへなちょこ鉄砲玉よこしやがって。説教してくれる。」
「確かに小物すぎるわよねえ」
 しみじみと深雪が憤慨し、ふたり考えるように頭を垂れた。
 確かに小物すぎる。
 次の瞬間、ふたつの頭が弾かれたように上がる。殺気。
 同時に動いた。男を放り出し、路地へと後退する。他に逃げ口はなかった。
 男は大通りへとつんのめる。とたん、パンパンと乾いた音がしてからだが跳ね上がる。落ちてきた時は蜂の巣になっていた。
 ぼろ布のように転がった男の上に足音が殺到する。
「ち」
 修野は舌打ちした。路地は行き止まりだ。
 脇の小料理屋に明かりがともっていた。色褪せた格子戸をあけると外の騒ぎに気づいていたのだろう、女将や客が我先にと裏口から逃げ出していく。
 そこから脱出できる。
「早く」
 深雪が修野を促す。だが、修野は深雪を突き飛ばすようにして中に押し込み戸を閉めたのだ。
「ちょっと!」
「逃げろ!」
 ガラス戸の向こうからくぐもった声がする。仁王立ちする男の影が浮かんでいる。それは身を持って盾になろうとする 修野の背だった。
「俺のゴタだぜ」
 こんな時だのにひょうひょうと煙草なぞに手を伸ばしている。
「巻き込んですまねえな」
 煙草をくわえた時の、口の橋から出るしゃがれた口調。耳慣れた話し方。
「逃げな、姐御」
「ふっざけんじゃないわよう!」
 深雪は格子戸を蹴りつけた。
 がっしゃんとガラスが割れ落ちて、戸がきしんだ。
「おいおい…」
 口も足も出る女なぞめったにいない。
「逃げな。な?」
 子どもをなだめるように言われて、深雪は歯をきしませる。悔し涙が浮かんだ。なんて腹の立つ男だろう。
「このままじゃすまないからねっ」
 身をひるがえす。 
「覚えてらっしゃいっ」
 それは悪役の捨てセリフだ。
 修野は苦笑しつつ顔を上げた。すっかり囲まれている。なるほど鉄砲玉とは比べものにならない 凶悪面の連中ばかりだ。どいつもこいつも逸っている。
 いくつかの手が懐に延びてくる。そいつを一瞥して、
「焦んじゃねえっ」
 一喝した。決して大声というわけではない。だがその声音には修野ならではの気概がこもっていた。心臓をわしづかみされるような気迫とでもいえばいいのだろうか、金も権力もないしょぼくれた中年でしかない男に誰もが萎縮して従ってしまう、 圧倒的な迫力だった。
 それゆえにか。
「煙草くらい吸わせろや」
 次に出た言葉はむしを飄々としていたのに、誰も手出しできなかった。
 殺気立った男達に囲まれつつ、修野は優々と一服吸いおえた。

 電話がかかってきたのは、 そろそろ殴打も華僑にきたころだった。
 肩が痛い。それも道理で手首だけで天井からつり下げられているのだ。 体の方は慣れてきたのかもうさして痛みはない。
 殴る、という行為は続くとけっこう単調なのだ。
 事態は膠着していた。
 だいたい、殴られてどうこうなる修野ではない。強情なこの男を痛めつけるのは、楽しむ分にはいいが尋問には適さないのだ。
 ゆえに、飛び込んできた手下の差し出す携帯を、豪田はありがたく受け取った。
 修野の方が困惑している。
 あの携帯。見覚えのある携帯だった。なんたって深雪にむりやり押し付けられたイチゴショートケーキのストラップがついている。いやな予感。
 更にもって豪田が満面の笑みで戻ってきたのだからますますやーな予感。
「隅におけんな、ダンナ。かわいい彼女から電話だぞ」
 おぞぞんと背中を走った寒気はどの辺にかかるのだろうか。やはりかわいい彼女のあたりだろうか。
 かわいいカノジョ。それはもしかして?
「ダンナ、生きてる?」
 聞こえてきた声はやはり深雪のだった。
 いやな予感は当たる。深雪はよりによって取り引きを申し込んできたのだ。
 共に手下も仲間も武器もなしで公明正大に取り引きしあう、由緒正しい捕虜交換儀式である。
「そうよ、ダンナ。 書類はもう手元にあるからね。今助けたげる」
「ややややかましいっ。女に助けられたないわっ」
 修野は荒れた。本音だ。なんということであろうか。今のいままで優位にあったのは修野方だった。殴られようが蹴られようが、ふふふんと鼻で笑っていたのは修野の側だった。だというに今、ふふふんと鼻で笑っているのは豪田なのだ。
 これだから女はきらいなんだ。調子狂う。
「だいいちお前、書類なんかなんで持ってんだよっ。 保管場所は俺さましか知らないはずだ」
 ふふふんと携帯までにくったらしい音を立てた。
「私を誰だと思ってんの?」
 元泥棒、マンハッタンレディさまでございます。 「あんたのお宝なんざとっくの昔に探り出してるわ」
「いいオンナだなあ」
 豪田は感激している。
「なんちゅう女だ!」
 修野は憤慨している。
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