ボディガードの基本術
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作:JUDY鈴木
 
 取り引き場所は豪田が指定した。
 山中にある豪田所持の資材置き場だ。
 資材といっても廃材のようなもので、鉄骨むきだしのコンクリート破片や事故車が転がっていて月の下で眺めると、なんとも荒涼とした光景になる。
 修野と豪田は横倒しになったコンテの脇に立っていた。
 豪田のシャレか修野は手錠の他、腰縄までつけられていた。 立場が違えば、この格好になるのは豪田の方であろうに、皮肉な構図である。
 野犬の遠吠えが風に乗って届く。
「まだか?」
 豪田がイライラと煙草を投げ捨てた。
 修野はその煙草の行方を物欲しそうに追っていたが、視線はそのまま流れ、建材の積まれた隅で止まった。いつの間にかごついバイクが止まっている。
「時間通りよね?」
 見事なボディをライダースーツに固め、深雪が立っていた。
 こういう美人を眼前にすると男は浮かれてしまうもの。深雪を見て、やっぱきやがったぐらいにしか考えてない修野が男としてドンカンなのだ。
 豪田はにたにた。やに下がっている。
「ねえちゃん、ダンナが怒ってるぜ」
 人の不和は自分の平和。バーイ豪田。
「あんたに何の関係があるの?」
 深雪は冷淡に言い放つと、紙筒を掲げた。 「ほら、あんた関係はこっち。あんた以外、誰もいらない代物よ」
 容赦がない。カーブもフォークもないストレート一本勝負でゆく剛球投手のような女である。
 豪田の顔色が変わった。青でなく、怒りで赤黒く染まる。
「よこせ!」
 今度はこちらもそっけなし。
「ダンナの解放が先よ!」
「あほか、ばか女が!」
 豪田は修野を組み敷き、後ろから踏みつけた。 「え、なんで俺がこいつを助ける? バラすに決まってんだろうがっ」
 蹴られた角度が悪かったか、修野が呻いた。こめかみが切れ、夜目にもかなりの出血としれる。
 今度は深雪が顔色を変えた。こちらは青く。
「ちょっと!」
「やかましい。おいっ」
 豪田の合図でやはりというか、隠れていた手下達が姿を現す。
 囲まれて、銃で脅されて武器の有無を探られ、手も足もでない状態に陥ってしまったが、深雪はさして驚駕なかった。予測のうちだろう。これで約束通 り、ひとりで来ていたら驚愕するところだった。
 でもとりあえず、抗議しておく。交渉というものである。
「ルール違反よ!「
「やかましいっ」
 豪田は書類を奪いざま、殴りつけた。平手でなく拳で。
「豪田」
 修野が静かに言う。こん棒で殴るでなく、針で突き刺すような鋭い声音だった。その口調だけで豪田にもよくわかっただろう。修野はもう決して、豪田を許さない。
 一方の深雪も静かだった。よろめいたが、意地でも転ばない。口の端が切れ、血がにじむ。きっと睨みつけるまなざしの迫力は修野にも負けないだろう。
「……ふん、おえらそうに」
 豪田は虚勢をはるしかなくなった。もうしょうがないのだ。やってしまったのだ。修野にたてついてしまった以上もう他に方法はないのだ。
 修野を引き起こし、書類に向かう。手ががたがた震えてるざまは、こちらの旗色が悪いんじゃないの、と他者に思わせるに十分だった。
 それは設計図や賞状を入れる紙筒に入っていた。蓋をとり、中で広がってしまった書類を苦労しつつ取り出す。いかにも報告書らしい体裁を、文字がびっしり埋めていた。
 豪田は第一ページめらしい一枚を探り当てると、慎重に眼を通した。
 それを見てとった深雪の目がゆっくりそれて修野と出会った。出会ったというだけで、そこには何の愛ぞも読み取られなかったが。
 ややあって。ぱさりと書類が鳴った。
「……おい?」
 狼狽。 「これは、違うぞ!」
 それより早く、修野が動いた。いや、正確には深雪が先に動いたのだ。 深雪が身を沈めるのにあわせ、足のバネだけで側へ転がりこむ。腕を捕まれ、ふたつの体はコンテナの影へ飛び込んでいった。
「逃げるぞ!」
 豪田は差遣だ。否、叫ぼうとしたがそれは変な具合に途切れてしまった。
 野犬の遠吠え。
 それはここに来た時から遠くで聞こえていた。だが、いつの間にかそれはいやに近くなりそして。
 すさまじい吠え声がした。ほんの、耳元で。
 振り向いた豪田に黒いかたまりが襲いかかる。
 それが何なのか咄嗟にはわからなかったろう。数多の牙におさえつけられて初めて理解する。
 犬が、何匹もの犬がのしかかっている。そいつらがまるで餌にくらいつくように、腕に足に腹に牙を立てているのだ。
「助け…」
 ろ、と命じようとして無駄とわかる。助勢に頼んだ手下たちの誰も無事に立っていなかった。
 彼らは犬の大群に襲われていた。
 コンテナの上に夜目にも彩かな美少女が立っていた。城之内ゼミナールの講師にしてハンドラ−の珠里だ。傍らに眼鏡をかけたスーツ姿の青年。城之内ゼミナールの影の支配者にして元殺し屋の事務員、飛鷹である。なんろも落差激しい職持ちの面 々だ。
 飛鷹が珠里の腰に手を回し、軽々と抱え上げる。そのままふわりと身を踊らせ、地面 に着地する。完璧な動きで、抱えられた珠里の体は微動だにしない。
 姫とそれを護る騎士のような、一幅の絵だった。
 珠里は抱えられたままにっこりして笛に唇を当てた。
 一方こちらはコンテナの裏である。
「こら、早くしろいっ」
「いたた、修野さんこそおとなしくしてくださいよう」
 助けにきたのにのっけから蹴られる不幸なひょろひょろのっぽくんは天羽洪明くんだ。
 身長の増加に体重その他が追いつかなかったよーな若者で、テレビ写り等はまことによろしかろうが、日常の会話には不便極まりないタイプである。なにせずーっと、見上げてなきゃならない。
 とはいえ、このメンバー中もっとも落差のない職持ちである。現役大学生でアルバイト講師。国民年金強制加入のごとく、メンバーに強制参加させられている。彼の老後の平安と幸福を祈りたい。
 かなり不安だ。なにせ、仲間に蹴られている。
「ええい、まだるっこしい」
 深雪にまで突き飛ばされてるし。
 こちらはさすがに錠前破り。ピンを使ってさっさと修野の手錠を外す。腰縄の方はどうにかこうにか這いずりよった洪明がやっと切断した。
「だからおとなしくしててくれればあ…」
 嘆いているが、構っている暇はない。
 修野は飢えた虎のような勢いで、コンテナから飛び出すと叫んだ。
「殺すな!」
 虎の咆哮とはまさにこのこと。すざまじ一喝に犬も豪田たちまでもが動きを止めた。
 今まさに合図の笛を吹こうとした珠里がきょとんと振りかえる。少女を抱えたままの飛鷹が皮肉っぽく口の端を上げた。
「お優しいこって」
「あほう、そんなんじゃねえっ」
 修野の指はまっすぐ珠里をさしていた。 「子供にそうそう人殺しなんざさせるなっ。あほっ」
 あわてていざりよった洪明があっ声を殺す。その通りだった。ハンドラ−でそれを生業にするプロであったが、彼女はまだ17歳の、子供なのだった。
「シュウのさん、でも」
 珠里は困ったようにつぶやいた。「ワタシ、あなたを助けるためならヤルよ」
 「そいつはありがてえ。いざとなったら頼むぜ」
 修野は飛鷹から少女を受け取り、地面におろしてやった。指を立て、子供にするように言い聞かせる。
「だが、めったにしてくれるな。少なくとも、今じゃねえ」
 飛鷹は甘いなというように肩をすくめたが、反論は控えた。もっともこちらは珠里が手を下すべき場面 でも、しゃしゃり出たふりで己が手を汚している。黙って肩代わりする男なのだろう。
 あっと深雪が声をあげた。
 犬の動きが止まったすきに、豪田が逃走を図っていた。
 しゃにむに犬をおしのけ、ぼろぼろの体で走り出す。
 急いで笛を使おうとした珠里を押し止め、修野も走った。
 一歩遅かった。豪田は車に乗ると発進させた。飛びついて、振り落とされる。
「ちっ」
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