記憶 〜 MEMORY
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作:ロッティ渡部・星野ケイ
いちお、説明〜。ROTTYちゃんは"皇家辺境警察"などをケイさんと一緒に書いた人です。
2001/12/24発行『嘱託 SIDE OF 須王』収録
 

 あの日。あのとき。
 それが正しいと信じていた。
 けれど、今になって----- ときどき、思うことがある。
 俺は本当に正しかったのだろうか。


 左足に被弾した。
「ちっ」
 飛鷹は舌打ちした。
 痛いより何より、己の不覚に腹がたつ。あの程度の連中を相手にして負傷するとは。後でこの傷を見たら、さぞや彪馬がこめかみをピクピクさせることだろう。
 もっとも、次に彪馬と対面するのが死体置き場だったとしたら、反論もできやしない。しかも彪馬なら、飛鷹が死体になっていようと構わずに、死体に向かってガミガミと文句を言うはずだ。
 ならばせめて、ミッションだけは成功させなくては。
「須王!」
 飛鷹は怒鳴った。
「悪ィが先に行ってくれ! 俺ァ援護するからよ!」
 須王が振り返った。
 一瞬ためらい、次に、 飛鷹のほうに向かって駆け戻ってくる。
「バ、バカヤロっ」
 飛鷹は口から泡を飛ばして喚いた。
「行けっつったのに戻ってくるやつがあるか! いいから早く行けってんだよ! 二人まとめてやられちまったりしたら、それこそ、 彪馬の野郎に何を言われるかわかんねえや!」
 須王は銃弾の雨の中をかいくぐり、飛鷹のひそんだ給水パイプの陰に滑りこんできた。
「このっ、大バカ野郎!」
 罵りながら、飛鷹は手持ちのナイフを残らず懐からつかみだした。須王を追ってきた敵の喉を狙って、次々と投げつける。須王もその脇で、追っ手をひとりずつ狙い撃ちした。威力の小さいニューナンブを上手に使い、確実に相手の右目から脳を射抜いてゆく。
 やっと、敵が全て倒れた。
 しかしこれがつかの間の静けさにすぎないことを、飛鷹は承知していた。もちろん須王にもわかっているだろう。敵の第二陣、三陣はこの屋上めがけて続々と現れるはずだ。飛鷹と須王の息の根を止めるために。
 逃げ道は一つだけ。
 予定では、三十分後にヘリコプターがやってくる手筈になている。乗り物の操縦ならなんでもござれの元レーサー富城翔(とみしろかける)が運転する、最新型の垂直離陸機だ。
 といってもこの屋上は複雑にパイプが伸びていて、着陸することはできない。だからこそ敵は空からの侵入を警戒していないのだ。その盲点を突いて、屋上からヘリに飛び移ると言う計画だった。富城の操縦技術があれば、ギリギリのところまで期待を接近させることができる。そして、須王と飛鷹のコンビなら、ヘリに飛び移ることなどたやすい-----。
「コンディション万全なら、とただし書きをつけとべきだったぜ、ちくしょう」
 飛鷹は、傷の手当てをしようとする須王の手を振払いながら、悪態を突いた。
 あと三十分。
 それまでに敵はウンザリするほどやってくるはずだ。とても、屋上の端まで移動してのんびりとヘリを待つ、というわけにはいかないだろう。
 三十分、ここでなんとか敵を撃退し続ける。 ヘリがきたら須王が屋上の端に向かって走り、飛鷹が援護する。須王がヘリまでたどり着いたら、今度は逆に彼が援護射撃をし、飛鷹が走る。二人の戦闘能力を考えれば、難しくはない作戦だ ------ 飛鷹の足さえ無事だったなら。
 敵陣を駆け抜ける味方を援護しきれる時間は、せいぜい一分。
 経験から飛鷹にもそのことはわかっていたし、 かつてフランスが偉人部隊で傭兵をしていたという須王は、飛鷹よりもハッキリとそのことが分かっているだろう。
「一分…じゃ、 とても無理だなぁ」
 飛鷹は屋上の端に目をやって、肩をすくめた。
 死を覚悟したにしてはふざけた仕種だったが、もちろんふざけているつもりはない。しょせん、生きるとか死ぬ とかいうのはこんなもんだ、と飛鷹は思っている。薄い神野表と裏のようなもの。おおげさに悲しんだりうろたえたりしたところで、どうにもならない。
「三十分、つきあってやるぜ。ヘリが来たら、かまわず行くんだぜ。今度こそ戻ってくんなよ。どっちかが生き残らねえと、ミッションは失敗なんだからな」
「だが………」
「口答えすんな」
 飛鷹は須王の鼻先に指を突きつけた。
「お前が俺の事をとことん嫌っているのは知ってるが、そこまで嫌がらせするこたぁねえだろう」
「嫌がらせ?!」
「俺のことは置いてけって言ってんのに、それを無理につれてこうとして、あげく二人まとめてやられちまうっなんてのは、究極の嫌がらせってもんだぜ」
 須王はきゅっと片眉をあげた。腹をたてたようにも見え、また、苦笑しているようにも見えた。どちらだかよくわからない。とかく、この男の感情は読みにくいのだ。表面 的には愛想のいい好青年でありながら、心に刃を隠している。
 絡みつく視線をはねのけるために、飛鷹あわざと大きく伸びをした。
「ともかく、次の敵さんが来るまではひと休みだぜ」
 須王を逃がして、その後は----などということは考えない。考えたところで、なるようにしかならないだろう。やつらがひと思いに飛鷹を殺そうとするなら、殺される瞬間までは抵抗すればいい。とりあえず捕らえておいて……と甘いことをしてくれたら好都合。生き延びるだけは生き延びてやる。組織のためにいさぎよく死を選ぶ、なんてのは柄じゃない。
 足の傷からは血が流れ続けている。本当なら止血をするべきなのだが、飛鷹はわざとそのままにしておいた。手当てなんかして、生命に執着していると思われちゃぁ片腹痛い。誰にも弱味なんかみせるもんか。とくに、相手は須王なんだから。
 須王---須王善久(すおうよしひさ)は、壊れた自分の無線機を諦め、飛鷹の待つ予備用の無線機でヘリに連絡を取ろうとしている。しかし、その無線機はパワーが弱すぎて、どうにもならないようだ。
 今回のミッションの計画をたてたのは須王だった、
 その計画が悪かったわけではない。日本政府から与えられた情報が、基本的に間違っていたのだ。
 つまり、救出するはずの人質が、敵の幹部だったということ。
 人質は救出の瞬間になって、須王と飛鷹を殺そうとした。もちろんそんな相手は難なう返り討ちにして、必要な情報を聞きだした挙げ句、始末した。
 だが、そのせいで時間配分が大幅に狂った。 追手も山ほど予定されていた。そのうえ、飛鷹がドジを踏んで怪我をした。それだけのことだ。
「まさか、怪我人がいるから早く来いって富城のボーヤに催促する気じゃあるまいな/やめてくれ、みっともねえ」
 飛鷹は吐き捨てた。
 須王が無線機を握りしめたまま、ギロリと飛鷹を睨みつける。飛鷹にとっては、馴染みの目つきだった。なぜだか理由を聞いたことはないが、この須王という男は、初対面 のときからずっと飛鷹に対するときにはこういう目つきをしていた。
 憎しみに満ちた眼差し。
「あのさァ」
 飛鷹はガリガリと頭をかいた。
「よくわかんねえんだけど。お前、どうしたいわけ? 今にも殺してやるっていう目で俺のこと睨むくせに、置き去りにするのも嫌なのかよ」
「------- 仲間じゃないか」
 ずいぶんたってから、須王は答えた。 食いしばった歯の間から、無理に声を押し出すようにして。
「仲間だから、見捨てない」
「ケッ」
 飛鷹は鼻で笑い飛ばした。
「信じられねえこと言うお人好だな。仲間だって? 俺たち”嘱託”が、そんな麗しい集団生新で動いているってのは初耳だぜ」
「笑え。笑いたいなら 」
 須王は飛鷹の足下に屈み込んだ。
 有無を言わせぬ手つきで飛鷹のズボンの裾を切り裂き、その布で傷口の上部を縛りはじめる。
 その顔が何だか痛かったので、意地悪を言ってみた。
「笑わねえから、教えてくれよ」
「何を」
「お前の過去」
 須王は驚いて顔を上げた。
 もちろん須王には教える義理もない。飛鷹にも聞く権利はない。”嘱託”で相手の過去を聞くのはルール違反だ。
 それを承知での意地悪。
「カン違いすんなよ。こりゃ親切のつもりだぜ。 お前、今回の計画が失敗だったと思って、それで俺に負い目を感じてるんだろ?だからさ、昔話を聞かせてもらって、それでチャラにしてやろってんだ。それならお前も心置きなく俺を置き去りにできるだろが、だいいち、三十分、退屈だろ? 敵さんもまだ顔見せてくれない品。暇つぶしになるもしれねえ。俺だって、冥土の土産に聴いておきてえや。お前がなんで俺のこと嫌ってるのか」
「それは……」
「お前の過去のせいなんだろ? それって、さ」
 飛鷹はさらりと言ってのけた。
 須王はまたしてもすごい目で飛鷹を睨みつけた。絞め殺してやろうか、とでもいいたげに指がピクリと動く。
 それから------ 須王はゆっくりと口を開いた。

 

城之内ゼミナール
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