|
警察官には二種類の人間がいる。
キャリア組とノンキャリア組だ。
須王は”キャリア組”の方だった。しかも有名大学を出て、国家試験一種に現役で合格し、警視庁に就職。出世街道まっしぐら、と回りから言われていた。
もちろん、自分にもその自覚はあった。
キャリア組は警視庁に入ると同時に、警部補という階級を与えられる。それがノンキャリア組との違いだ。ノンキャリア組がその階級にたどりつこうと思えば、大きな功績をたてる以外には、まじめに定年まで勤めあげるしか道がない。
須王は着任してから、なにかに追い立てられるような勢いで仕事に没頭した。
キャリアの最初の仕事は、警察大学校で勉強することだ。その後、六ヶ月の研修期間がある。
これがキャリア組が現場にでる唯一の機会となる。といっても、地方の警察署で預かり者の警部補殿として、ろくに事件にも関わらずオフィスに座っている日々だ。
この制度は、現場の警官たちからは”子守”と呼ばれている。
これが無事に済めば、キャリア組は、よほどの失敗をするか、よほど希望しない限り、二度と現場に出ることはない。次に警察署に戻る時には初潮になっているはずだからだ。
その”子守”の期間に、須王は二つの事件を解決した。
やり方は荒っぽかった。特に二番目の事件に関しては、責任を取る形で顛末書まで提出した。だがその功績はめざましく、研修中に階級が一つ上がり、警部となった。若干二十四歳。異例の出世ぶりである。
同期の人間にねたまれているのは知っていたが、そういう確執に関わるのは低俗だと思っていた。
本庁に戻るとすぐに、SATに志願した。
SAT。対テロリスト活動の為に創設されたばかりの、日本警察の秘密部隊である。マスコミにもその存在はふせられ、SASから召還した教官による、世界に通
用する特種訓練が行われていた。
自分のもとめる職場はここだ、須王は信じた。
しかし、上層部ではそう思わなかったようだ。
出世街道まっしぐらのはずのキャリア組の警部が、機動部隊員の間でチームワークを乱さないはずがない。かといて、頭でっかちのキャリアにSAT小隊式を任せるわけにもいかない----- などと、議論が紛糾したのだろう。
SATに入った須王は、基礎訓練のあと、特別小隊を任されることになった。
特別小隊といえば聞こえがいいが、要するに厄介払いだ。
部下の中には二人のキャリア組がいた。
元キャリア、といったほうがいいかもしれない。
優秀だが警察という機構になじめず所轄回りをしてる異端児の桜井。それと、頭はいいが、どこにも使い道がないほど融通
がきかない預かり警部補の谷村。
この二人に加えて、実績だけで巡査部長まではい上がったのはいいものの、あだ名の”暴走機関車”が全てを表している若い警官の朝倉。この三人に加えて隊長は須王。指導教官もつかない。仕事は”有事の際の側面
支援”と記されているだけ。 これが”特別小隊”の正体だった。
だが、須王は頓着しなかった。
小隊を任されてから五ヶ月、須王は部隊をしごきにしごいた。SASの資料を取り寄せ、アメリカのSWATの訓練も参考にし、自分なりのカリキュラムを作って容赦なく、訓練をすすめて行った。
文句を言うかと思ったが、三人の部下は楽しそうに訓練をこなしていた。異端児とノンキャリアの警部補はもちろん、体力のない新米も
必死で須王のしごきについてきた、
ころ合いを見計らって須王はSATの正規部隊に勝負を挑んだ。訓練で行われているトライアスロン・レースだ。イレギュラーどもめ、とSAT隊員たちはせせら笑った。だがその笑いも、須王のチームに完敗するまでだった。
噂は上層部にまで達した。
須王たちに高価な訓練器具が配備されるようになったあ。最新武器を使った訓練も許可された。
ようし、と須王は拳を握りしめた。
須王にとってSATへの転身は出世のためのショート・カットだった。他の連中と同じ道をたどって出世したところで、どうにもならない。
やりたいことも、やらせてはもらえない。 他の連中に邪魔されたくない。自分の思うとおりに仕事がしたい。
そのためには、さっさと出世することだ。
部下に厳しい訓練をしたのは、SATとしての仕事をこなすためではない。上層部に力を認めてもらうためだ。三人の部下は、須王にとって踏み台だった。踏み台は堅固なほうがいい。
どうせSATには長居できないのだ。機動部隊には厳然とした年齢制限がある。自分でどんなにやれると思っても、耐用年数がきたらそれでおしまい。普通
の警官にもどるしかない。
部下たちが中年の警官になったとき、SATで須王に学んだことをいかせるかどうかは、知ったことじゃない。バカでなければ経験を他のことに生かせるだろうし、バカならば切り捨てられるだけのこと。
結局、人はひとりで生きて行くものなのだから。
須王はそう信じていた。
そして------ あの日がやってきたのだ。
万国博覧会。
そう名乗るにはいささか小規模だったが、各国の車の展示がメインのそのイベントは、主催者あの思惑よりも盛況となった。
招待客も、形だけとはいえ各国の大使館の人間が参加するというのでそれなりに物々しかった。
特別小隊は、警備の手伝いに派遣されることとなった。もちろんこの投じ、SATの名は厳重に伏せられている。だが、某国と癒着を噂されていた政治家の”警視庁のピカ一部隊を警備に”という言葉が、須王チームの出動につながったらしい。上司はそう匂わせた挙げ句、腕の見せどころだと須王を励まし、握手を求めた。
事前に情報が流れていた。
振興暴力団のSが、ドイツのテロ組織RAFに頼まれ、メンバーを日本に入国させたというのだ。
その見返りが何かは不明だったが、RAFの目的は、情報を仕入れるまでもなくはっきりしいていた。
テロリストの目的は、テロ行為に決まっている。
そのテロリストのことは、須王たちも知っていた。アメリカで連続爆破事件を起こした凶悪な男だ。顔写
真も知られている。元はフィリピンのNAPのメンバーだった。これまでになかった巧妙な爆弾を開発したということで、RAFにスカウトされたという。
テロ組織同士のこういった交流は、今では珍しいことではない。なりふり構わぬ
闘いのうちに主義主張を見失い、当面の成果をあげるためには、イデオロギーの異なる組織と手を組むことも厭わなくなっている。
彼らが誰のために何を狙っているのかはともかく、今回の博覧会が狙われていることだけは間違いないようだった。上司がそのへんについて口を濁したのは、政治の上層部に関わる秘密があるのかもしれない。
おおかた、暗い取り引きや汚い金が関わっているのだろう、と須王は推測した。
テロ組織を利用して甘い汁を吸う政治家が殺されるのなら勝手にすればいいが、組織は無関係の日本人を標的にするのだから、たまったものではない。
須王の小隊は、Dゾーンの一角を任された。
護衛方法を考えた末、須王だけが私服で徘徊し、残りのメンバーはわざと警官の制服に身を固めて、固定ルートを回ることにした。厳重な警備をアピールしつつ、その警備をカモフラージュにして敵の小細工を嗅ぎ出そうという二段構えの作戦である。
しかし、なんの動きもないまま、博覧会は明日が最終という日を迎えていた。
須王は昨日までと同じように、自分だけにわかる法則に従って会場をパトロールしていた。服装は毎日、イメージが違うものを選んでいる。コースは毎日違うが、会場を隅から隅まで何度も見回れるように計画してある。
そして、その日。
巧妙にセッティングしたコースをたどり、何度目かにその展示場を通り過ぎて出口に向かったとき--------ふと、違和感を覚えのだ。
何の変哲もない車。
見なれた景色。
だが、明らかにさっきまでと何かが違っている。
須王は違和感の元を探した。
車内。
車体。
くまなく見回ってみたが、不審な箇所は見つからない。
気のせいかと思った、そのときだった。
|