思い出の旅(8)古城めぐり
ロマンチック街道に沿って中世の古城が点在します。それらを巡る旅が古城街道めぐりとして人気があります。
 古城街道の中で最大の規模を誇るのはハイデルベルグ城です。この城は過去何度も戦闘の舞台になったため、昔の面影は余りありませんが、古城街道には幸い戦闘の場面には遭遇せず、建設当時のまま残っている古城もあります。
 古城巡りで観光客に人気のある二つの城を訪れました。ひとつめはホーエンシュヴァンガウ城です。この城を建てた国王の息子が有名なノイシュバンシュタイン城を建てました。この城が古城街道の終点になります。城まではかなりの距離を歩かなければなりません。足の悪い人のために観光馬車の便もあります。
 この城は中世のヨーロッパの城の典型といえるものでした。この当時は戦争が近隣諸国の間で繰り返されていた事情もあり実際の戦闘場面を想定して城壁が城を囲んでいました。
 日本の城でもそうですが、少し離れたところから見るのが一番良いようです。この城の近くにノイシュヴァンシュタイン城があります。ここへ行くにも長い山道を歩かなければなりません。
 民族衣装を着た人に会いましたが地元の観光ガイドでした。家内がこの人と写真を撮ろうとすると、観光客の人たちは優しい心使いを見せて、邪魔にならないように避けてくれました。
 遠くから見た城の姿です。東京ディズニイランドにあるシンデレラ城とそっくりで、この城をモデルにしたそうです。この城まで行くにはかなりな体力がいりました。たらふく食べてほとんど運動もせずバスで移動する旅人には丁度良い腹ごなしになりました。
 この城を建てた、ルートヴィヒ2世は中世の騎士道に憧れていた人で音楽家のワーグナを庇護していました。毎晩宴会を開きワーグナの音楽に聴き惚れ、中世の騎士として活躍することを夢見ていました。中世の城を建設しようとした彼は城のデザインを宮廷劇場の舞台装置を担当していた画家に依頼したのです。1869年に建設が始まりましたが途中で中止になりました。プロシアへの賠償金支払いのため周囲の人が反対したためです。
 建設当時は時代も変わり、武器や戦闘の仕方も変わっていたのにそれらに対応する構造は見られません。内部は見学できます。内部は設備が整っており、快適に生活できるように造られていました。結局、この城は王様一人が趣味として住むために造られた秘密の基地だったようです。家臣によって王はあえなく最期を遂げたといわれています。
 実用には不向きなこの城も観光資源としては古城街道で一番の人気を誇っています。王の命令で「自分以外の立ち入りは禁止」されていましたが、いまや一般公開され5千万人の人が訪れています。観光客が沢山来るためカフェテラスも沢山作られていました。