ホンコン・シティ・キャット
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01/05/2002 作:星野ケイ
 
 たどりついたのは、街角に駐車していた小型バン。
 すでに、数人の男女がそこに集まっていた。
「遅いわよ。ジェリィ!」
 サンディがガミガミと言い立てた。
「独断専行の遅刻魔。あんたって子は、いつもそうなんだから! また廟街の露店でゼリービーンズにでも見入ってたんでしょ」
「まあまあ。いいじゃないか」
 平穏にその場を納めようとするのは、ベテランのユンだ。
「状況は連絡にあったとおり。目標は東鴻大厦の五階B室へ入った。タレコミにあったのと同じ場所だ。まず、本ボシに間違いないと見ていいだろう」
「じゃ、踏み込みますか?」
「まあ、待て。ダンナの指示を聞いてからだ」
 ユンは控えめにバンの扉を叩いた。しかし、中から返事はない。ユンはもう一度ノックしてから、いかにも嫌そうな顔をしつつ自分で扉を開けた。
 中は、盗聴機材から無線装置までが完備された移動司令室となっている。ヘッドホンをつけたドニーが振り返り、ユンの無言の問いに応えて、奥のほうへ顎をしゃくった。
「ダンナー……起きてくださいよう」
 思わず全員が唱和した。
 それでも、椅子を倒して寝ころがったその男は、ピクリとも動かない。
 たまりかねて、星仔がゆすり起こした。
「ちょいとダンナ! 出番ですよ。指示だけでいいから、ちゃんと出してくださいよ」
「んあー? なんだ、うるせえな」
 目をこすり、ようやく起き上がってくる。ポーズではなく、完全に寝ていたという顔だった。
 いつものこととて、部下は驚きもしない。
「相変わらずだよなあ。うちの“ものぐさタイガー”は」
「しっ。声が大きいわよ。本人に聞こえたら、何されるかわかんないんだからね」
 ジェリィがサンディにつつかれている間に、タイガーは大きな伸びをした。
「それで? どうなってる」
 ドニーと星仔が、こもごも現状を報告する。だが、報告の途中で再びタイガーは寝ころがってしまった。
「タイガーのダンナっ! 聞いてるんですかい? 相手はあっしらが三ヵ月も追いつづけた連中で……」
「うるせえってば。聞いてるよ、ちゃんと」
 言いながらも、すでに毛布をかぶっている。背中を向けて、本当に指示だけを出した。
「二グループに分ける。ユンは二人連れて階段下で待機。ドニーはサンディと二人で窓からだ」
 いかにも面倒くさくてたまらないという口調である。
 だが、一同はサッと緊張した。
 ユンが身を乗り出す。
「それで、突入はどうやって?」
「やつらに顔が割れてないのは誰だ」
「ジェリィなら、たぶん」
「よし、ジェリィで行こう。正面からぶつけろ」
「YES、SIR!」
 部下たちはいっせいに散った。そのキビキビした動きと対照的に、タイガーはもぞもぞと寝返りをうった。居心地よく丸まりかけて、ふと、片手を上げる。
「ジェリィ。粥は筋向かいの親爺に頼め。カゴを借りるのも忘れるなよ」
「は、はい!」
 走り去りかけていたジェリィは、いきなり声をかけられて飛び上がった。おそるおそる振り返ってみたが、隊長はすでに、眠りの世界の住人となっている様子だった。
「……はああ。やっぱすごいよなあ、タイガー先輩は」
 実のところ、ジェリィが本格的に捜査に投入されたのはこれが初めてのこと。中学卒業してすぐに制服警官になって、ハリキリすぎて組織強盗なんか一網打尽にしてしまって、気がつけば推薦されてCIDに昇進。激戦区と言われる油麻地署に配属されたはいいものの、大ベテランの先輩方の間に挟まれてロクな仕事ももらえないでいたのだ。もっとも先輩方の見方はまた違っていて、これほどはねっかえりの独断専行の新米は初めてだ、というのが共通した意見なのであるが。
 ジェリィは、タイガーの指示どおり、粥屋へ向かった。通りすぎざま、星仔が肩を叩いてくる。 「ぼおっとしてんなよ。お前の初仕事で、しかも返還前の最後のミッションだぜ。失敗したら、タイガー殿にガブリとやられっちまうぞ」
「ああ、わかってる」
 粥を三つ、テイクアウトする。店で出前のときに使っている買い物カゴを借りた。軽快な足取りで走りだす。それが身上の、呑気なポーズ。タイガーも、それを見込んでジェリィを正面から当たらせるのだろう。
「全員、配置についた」
 イヤホンからは、刻々と情報が流れ込んでくる。
「ビルの下にチンピラ風の若いのが二人。おそらくは見張りだろう。気づかれるなよ」
 ユンの言葉どおり、東鴻大厦の入口には、人相の悪い男が二人、立っていた。ジェリィが近づいてくるのを見て、サッと顔色を変える。懐に手を忍ばせ、身体を開いて立った。ジェリィに怪しいところがあれば、たちまち蜂の巣にするつもりか。
 ジェリィは、ことさらお気楽な若者の演技をしてみせた。足取りも軽く、鼻唄など漏らしながらビルの下で立ち止まる。これみよがしに粥のカゴを抱え上げると、なあんだ、とチンピラたちは視線をそらした。
 そのまま、五階までのぼった。
 B室の扉を元気良く叩く。
「こんばんわ、ご注文の粥ですが」
「ああ? なんだと?」
 扉の奥で、しわがれた声が聞こえた。
「頼んでねえぞ、そんなもん」
「冗談はやめてくださいよ。牛肉粥を三つ、十分ほど前に電話で頼んだじゃないですか。ほら、ひとつはショウガ抜きで、もうひとつはレバーを多めにしろって……」
「知らねえよ! さっさと持って帰りやがれ!」
 相手は、扉を開けようともしない。目まぐるしく脳を回転させたジェリィは、咄嗟に、誰か相棒がいるかのように階下へ向かって呼び立てた。
「ほうら見ろ。やっぱり、住所が違ってたんじゃないか。さっきのお巡りさんを呼んできて、もっかい確かめてみようぜ!」
 この台詞に、扉の向こうから慌てた気配が伝わってきた。
「お、おい! ちょっと待て!」
 警察が来るくらいなら、頼んでいない粥のお代を払うほうがマシだと考えたのだろう。ドアが細めに開いて、中年の男が顔を出した。すかさず、ジェリィはふところからメモ帳を取り出す。
「ちょっと見てください。この住所で間違いないですか?」
 古いビルだけに、照明は暗い。ジェリィの身体で影になったメモを確かめようと、男が身を乗り出す。
 そのとたん、ジェリィはドアごと男を蹴飛ばした。
「警察だ! 動くな!」
 転がりこむと同時に、拳銃を構える。
 室内には、三人の男がいた。どいつも、一筋縄ではいかなそうなヤクザ者ばかりだ。
 一人は椅子に手をかけ、もう一人は銃を構えかけたままで動きを止めた。ジェリィをものすごい目つきで睨み付ける。
 ジェリィは油断なく両手で銃を保持し直した。
 ちらりと奥の間を確かめる。机の上には、原始的な精製機械と粉袋が散乱していた。
「麻薬精製の現行犯だ。神妙にしろよ!」
 三人に顎をしゃくって、一か所に集めようとする。
 そのとき、背後に気配を感じた。
「----くっ!」
 反射的に、身体を倒す。
 焦げ臭い匂いがするほどの勢いで、椅子が振り下ろされた。
 もう一人、伏兵がいたのだ。
 残りの三人が一斉に牙を剥き、襲いかかってきた。ジェリィは床を蹴り、横っ飛びに跳んだ。その後を追うようにして、銃弾が床にめりこんだ。
 その銃声で、全てが動きだした。
「ジェリィっ、避けろ!」
 窓ガラスが、がしゃああんと砕ける。窓枠に取りついたドニーとサンディが、同時に拳銃を乱射した。
 銃を構えた男が、三発くらってふっ飛んだ。
 その隙に、残りの三人がジェリィの脇をすり抜けてドアから飛び出そうとした。
「逃がすかよっ!」
 ジェリィは一人の首っ玉を掴みながら、足を後ろ様に蹴り上げてもう一人の延髄を狙った。態勢を崩しながらも、三人目に肘打ちをたたき込む。折り重なって倒れた。
 その間に、ドアからユンの隊が雪崩込んでくる。
「何してんだジェリィ、手錠かけろ、手錠っ!」
 無茶なことをいいながら、星仔が一人の腕をねじり上げて引き起した。ユンがもう一人を蹴飛ばす。ジェリィは残った一人をはね退けて、ようやく立ち上がった。
「た、逮捕する!」
 タイガーのようにカッコよく手錠を取り出そうとしたのだが、それがマチガイ。手錠はジーパンのベルト止めにひっかかり、慌てて身をねじって確かめている隙を敵に狙われる。
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