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若い三人組は、道々、大騒ぎを繰り広げながら、ようやく東区刑務所へたどり着いた。
警察署からそう遠くないということで、徒歩による移動である。レナ・袁嬢は、いたくこれがご不満だった。門の前に来てもまだ、ぶつぶつ文句を言っていた。
「文句言うんなら帰れよっ!」
「あんたにそんなこと言われる筋合いはないわ!」
パオは、後ろでクスクス笑っている。
刑務所、と名がつくだけあって、たいそうな建物だった。堅固な白壁は周囲を威圧するかの如くそびえている。周囲はのどかな緑の山々で、時折のどかな鳥の声も聞こえる。この環境こそが、犯罪者をこの地に封じ込めるための方策なのである。
「ほら」
パオがふと、壁の上を指さした。
「あそこに張られた鉄条網が見えるだろ? あの鉄条網には昼夜わかたず、高圧電流が流れてるんだよ。他の部分も、きっとすごい仕掛けがあるだろうね」
「ど、どうしてわかるの?」
レナが目を丸くした。
「壁に鳥の糞の跡がない。建物は古いし、周りはこの環境なのに、壁が美しすぎるんだ。恐らくは、触れれば死に至るほどの仕掛けになっているんだろうと思ってさ」
フランクが正直に足をふるわせた。パオに出会っていなければ、いずれ彼も、こんな刑務所に閉じこめられる羽目になっていたかもしれないのである。
パオはそんなことより、別の考えに頭を支配されていた。
「こんなに厳重な警備の中、看守ではなく、囚人だけを選んで病気にかけるというのは、どんな魔法を使ったんだろう?」
それが、この事件のことを聞いてから、パオの頭にひかかっていた。相手は街中を自由に歩いている人間ではないのだ。光線を照射したり、ガスを吹きつけたりして、病気にするわけにはいかない。空気感染も、病気が囚人だけなので除外。食事や水に毒素を混ぜるという方法もあるが、これほど厳しく守られた城へ、どううやってちょっかいを出せばいいものやら。
だから、所長室へ通されたパオが、まず尋ねたのも、それに関することだった。
「この刑務所の食料は、どこからやってくるんですか?」
警察署長よりさらに疲れた顔の刑務所長は、乾いた笑いでパオの質問に答えた。
「そのことなら、すでに調査してあります。食料については全く不審はありませんし、今は誰一人触らないように、製造の段階から厳しい警備がなされています。水についても、調べはすんでいます。あらゆる可能性を考え、我々は調査を進めてきました。それでも患者は増え続けるのですよ」
吐き捨てるような口調に、パオも言葉の次穂を失った。もじもじと居心地悪くソファに収まる。
レナはぬけぬけと東方黒豹の秘書だと称し、見事に同行を許された。フランクはそれよりはずっと気が小さいので、俺は玄関で待っています、と座り込んだ。まさに、主人を待つ犬といった風体である。さらに誘おうとして、パオは思いとどまった。せっかく更生しようとしているフランクにとっては、刑務所の中など見ないほうがいいと考えたのだ。
特に、こんな状態の刑務所は。
おおう、と獣じみた叫び声が響いてくる。誰かが房の鉄格子を揺さぶるせいか、建物自体が不気味に振動する。そのたびに所長はびくびくと肩を震わせた。普段からこの調子では、夜も眠れないに違いない。
「一般の囚人からも、抗議が出ています」
所長は、まるでこの騒ぎがパオのせいであるかの如く、責めるような口調で訴えかけた。誰しも事の大きさに怯え、肩代わりしてくれる人が現れるのを待っていたのだろう。
「いつまで隠し通せるか、私には自信がありません。彼らは……彼らはまさしく、野獣も同然なのです! 形は人間ですが、その体力といい凶暴さといい、人間などとはとても思えません」
「それを見せてもらおうと思って来たんですよ」
あくまで呑気にパオはのたまった。朴訥な笑顔は、よもや彼がアジアに名だたるスーパーヒーローなどとは見えまい。所長も、毒気を抜かれた体で再び腰掛けた。
ようやく、言葉をつなげる。
「わかりました。独房の方へ案内させましょう」
デスクの上に置かれた内線電話のボタンを押そうとした、ちょうどそのときだった。
一瞬、天井の蛍光灯が点滅した。
「おや?」
再び蛍光灯が点いたので、所長はそれ以上は気にせずに、ボタンを押した。
そのとたん、ものすごい轟音と共に、建物自体が大きく揺れた。
まるで所長が内線ボタンで地震を起こしたようだった。熱いものに触ったような動作で、慌てて所長は指を引っ込めた。しかし、すでに内線はつながっていて、スピーカーから耳をつんざく咆哮が響いてきた。
「何だ、何事だ!?」
悲鳴や怒号が、スピーカーだけでなく、扉の外からも聞こえてきた。廊下を何人もの人間が走り回っている様子だ。緊急ブザーが鳴りだした。
パオは、立ち上がった。
それと、所長室のドアが開いて、警備隊長が飛び込んでくるのとが同時だ。
「所長、大変です! 独房の入り口が何者かによって爆破され、特別監視中の囚人が全員、脱走しました!」
"特別監視中の囚人"というのが何を指しているかは、言われないでもわかった。レナも顔を真っ青にして立ち上がった。
「何ですって!? じゃあ、この建物から……」
「いや」
パオが静かに首を振る。
「壁が爆破されない以上、囚人たちは中からは出られない。人間らしい思考力や判断力を無くしてしまった者ならなおさら、監禁のための技術を尽くして作られた刑務所から逃げ出すことは不可能だ」
所長も頷いた。今や彼の顔は紙より白く、震える足でようやく自分の身体を支えている。
「何をしてるんです、速く逃げましょう!」
警備隊長が怒鳴った。
「囚人たちは各自の部屋に入っているから大丈夫です。危険なのは看守と警備員です。今すぐ撤退命令を出して下さい!」
「それは駄目だ!」
パオが叫んだ。
何をこの小僧、という顔で警備隊長がパオを睨んだ。それにも構わず、パオは所長にくってかかる。
「どんな野獣でも、いや、野獣であるからこそ、逃げ場には敏感です。ましてや、看守と警備員を合わせれば百人は越えるでしょう。百人の撤退には時間がかかります。その間、扉を開けっ放しにしておくんですか? もし撤退の最中を襲われたらどうします!? 患者たちは野に放たれるんですよ!」
「し、しかし……」
所長は弱腰だ。
「この際、人命救助が最優先ということで……」
「建前は、いいです」
きっぱりとパオは言ってのけた。
「心配しないで下さい。あなたたちに、彼らを取り押さえに行けとは言いません」
「ど、どういうことだね!? まさか、君!」
「先程、彼らを野獣だと言いましたね」
パオはすうっと目を細めて。
「僕も、野獣なんですよ」
ニヤリ、と笑った。
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