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東方黒豹 - アジアン・ブラック・パンサー - |
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| 第八回 |
「しまった!」 パオにはそれ以上、悩む時間はなかった。身を翻すなりコントロール室へ戻り、電気ショック装置のレバーを下ろした。たちまち、バリバリという容赦ない電気音が響き、怪物たちは次々に悲鳴をあげながら倒れた。 間に合ったか、と額の汗をぬぐおうとした。しかし、怪物の悲鳴に、ずっと高い悲鳴が被さった。ハッとして、折り重なる怪物たちの向こうを見る。今しも、、レナがかさぶただらけの青い怪物に抱きすくめられたところだ。 もう、スイッチを切りに行く暇はない。 パオは何を考える余裕もなく走りだし、気絶した怪物たちを飛び越え、入口から飛び出した。 「はうっ……!!」 たちまち、電気ショックの洗礼を受けた。想像よりはずっと強烈なそれに、さしものパオも悲鳴を上げた。心臓がぎゅっとわしづかみされたようで、呼吸も止まった。身体中に激痛が走り抜けた。意識が、ふうっと遠のいた。 我に返ったのは、レナの悲鳴のお陰だ。 「パオ、パオっ! しっかりして!!」 彼女は自分が怪物に襲われているというのに、パオの危機に叫びをあげていた。火事場の馬鹿力とはよく言ったもので、パオに駆け寄ろうとするあまり、怪物の横っ面を張り飛ばして、思いっきり突き飛ばし、自由の身になった。 パオを抱き起こし、半泣きで揺さぶる。 「しっかりして! ねえ、どうしちゃったのよ!」 電気ショックを食らった上にがくがく揺さぶられて、パオは目眩を起こしてしまった。けれど、ぼんやりレナの膝の上へ抱きかかえられている場合でないことだけは確かなので、何とか起き上がって彼女を背中にかばった。 怪物も、ようやく身を起こしたところだ。怒りにらんらんと目を輝かせ、つかみかかってくる。その執念といい、もしかしたら婦女暴行の罪で刑務所入りした男かもしれない。 「下がってて!」 レナを押し退けておいて、パオは怪物に対した。突進してくるそいつの勢いを利用し、ぽいと馬飛びの要領で背中を越える。振り向くところを狙って、回し蹴り。 うまいこと、これが延髄に入って、怪物は倒れた。それでもたいしたもので、またしても起き上がろうともがく。 仕方がないのでパオは、のしかかって首を絞めた。 すさまじい闘いは、しばらくしてようやく決着がついた。パオを殴りつけていた男の腕が次第に力を失い、やがてぐったりと地に落ちる。白目を剥いて、男は倒れた。 「……殺したの?」 恐る恐る近づいてきたレナが言った。パオはよろよろと男の身体から下りて、何とか笑顔をみせた。 「いや、気絶しただけさ。好きで怪物にされたんじゃないのに、殺すわけにはいかない」 それから、パオは倒した男の身体を検分した。見たこともない青いかさぶたに覆われた全身。伸び放題に伸びた爪。気絶してなお、凶悪さを失わない顔、全てを。 「何か、手掛かりはある?」 時間がたつと恐怖も薄らぐのか、レナが好奇心まるだしの口調で聞いてきた。パオは相手にならずに調査を続けたが、やがて顔を上げて、厳しくレナに言った。 「僕は君に、おとなしく所長たちと隠れているように言ったはずだよ。どうして君がこんなところにいるんだ?」 レナはたちまち、ばつの悪い顔になった。 「だって、あなたが心配だったのよ」 それでも反論するところが、彼女らしい。 「ほら、お陰で役に立ったでしょ?」 「立ってないよ」 もう呆れるしかない。 怒る気も失せたパオは、立ち上がると周囲に耳をすませた。どうやら他に逃げだした怪物はいないようだ。確認してから、三階の窓に向かって大声で、もう大丈夫ですよと呼びかけた。 レナに案内させて、所長の隠れている棟に行き、そこでも、怪物を全て気絶させたことを告げた。パオは何でもない調子で言ったのだが、聞いた人々は腰を抜かした。よその星から来た生物でも見るような目で、この長身の若者を見つめた。 だがパオだって、そうとう疲れてはいたのだ。 人々が後片付けのため出払った後、彼はほうっとため息をつくなり、椅子に座り込んだ。手ひどくやられた心臓は、まだときどき痛みを訴える。どうしてもレナを恨みがましく見上げてしまうパオに誰も文句はつけられまい。 あいにくレナはそんなパオの視線を、宇宙線ほどにも感じてはいなかった。 「大変な事故だったわねえ」 パオの向かいに椅子を引きずってくるなり、どっかと座る。 「あれが事故だったりするものか」 パオは吐き捨てた。レナが目を丸くする。すぐに目を輝かせて、膝を進めてきた。ぐいぐいと顔を近づけるから、パオは焦る。ピンクのルージュをひいた唇は、今にもパオに接触しそうだ。パオは真っ赤になって、一生懸命で背中を反らした。 「ねえ、どういうこと? これも犯人の陰謀だっていうの?」 パオが答えないので、彼女は身を引いて、今度は自分の顎をひねり始めた。やがて、ぽんと手をうつ。 「わかった! あなたが来るのを知って、犯人はあなたをここへ釘付けにしようとしたんだわ。そして、時限爆弾をセットして、爆発させた……」 「僕も、そう思うよ」 「じゃあ、犯人はこの建物の中の人ね」 勢い込んでレナは言ったが、それには、パオは首を振った。 「どうして? 建物の中の人でなければ、爆弾は仕掛けられないでしょう?」 「逆だよ。関係者じゃないからこそ、爆弾を仕掛けなければならなかったんだ。この建物は電気回路で全てコントロールされている。内部の人間なら、僕が独房に入ったのを見澄まして、扉の開閉スイッチをオフにすればよかったんだ。それを、爆破なんて乱暴な手段を使ったということは、犯人は外部の人間だ」 パオは立ち上がって、ゆっくりと部屋を歩き回った。喋りながら自分の頭の中を整理したかったのだ。 「爆弾は、硝石と硫黄と石炭を混ぜて花瓶に詰め、泥でふさいで信管をつけたものだった。ここからわかるのは……」 「犯人がインテリでないってことよ! だって、時計やダイナマイトを使った爆弾が作れずに、そんな原始的な火薬を使ったわけでしょう?」 「違うね」 パオは言下に否定した。 「ダイナマイトと時計があれば、少し知恵のある人だったら、すぐに時限爆弾を作ることができる。けれど、その辺に転がっている石が硝石だと見分けるには、熟練した科学者の目が必要じゃないか。犯人はしかも、正確に硫黄と石炭を混合して、刑務所の外へ引いた導火線によって、時限装置を組み立てたんだ」 「ちょっと待って」 レナが片手をあげた」 「爆弾についての議論は、ひとまず置いておきましょう。もしかしたら犯人は、一見して頭の悪そうな恰好をしているかもしれない。だからこんな議論は、無駄だと思うの」 「でも、レナ。僕は……」 「ちょっと黙っててちょうだい」 怒られてしまった。 レナは目を輝かせ、得意そうに言った。 「私は今までの話で、犯人が誰だかわかったわ」 「え!?」 「だってそうでしょう? 犯人はパオが刑務所の中へ入ったことを確認して、しかも導火線に火をつけなければならなかったのよ。それはつまり、私たちと一緒にここまで来て、しかもちゃっかりと自分は中へ入らなかった男 ------ 」 レナは言いおわるまで反論を許さなかった。 「犯人はあのチンピラよ! フランク・張よ!!」 2 刑務所の正門から出てきたパオとレナを見て、フランクはパッと立ち上がり駆け寄った。 「どうでしたか? 中は」 問いかけようとして、二人が自分を見る目に気づく。面食らってうろたえた。 「え? 俺がどうかしましたか?」 「しらばっくれるんじゃないわよ」 レナはあくまで強気だ。 「私たちにはもう、わかってるんだから!」 「だから、そりゃいったい何のことだってば」 びし、と音がしそうなほど勢いよく、レナはフランクに指をつきつけた。 「あんたが今回の事件の、犯人でしょう!?」 「な……」 フランクはしばし、声もなく立ち尽くした。ぱくぱくと何度か口を開けたが、言葉が出ないらしい。唖然、というのが最もふさわしい表情になった。 その表情だけで、もう犯人でないと断定してもパオは思ったのだが、万が一にも彼が演技の天才だったら、という懸念は消せない。フランクの顔をのぞきこんで一応、聞いてみた。 「お前が犯人なのか?」 そのとたん、フランクの呪縛はとけた。 「な、何言ってんですか黒豹さまっ!」 真っ赤な顔をしてわめきたてる。言葉だけでは足りないと思ったのか、手足までバタバタさせて主張した。 「俺が犯人!? どこを突っついたらそんな途方もない考えが出てくるんですか! 俺が心を入れ換えてあなたのしもべとして働こうと誓ったのは知ってらっしゃるくせにっ」 「白々しいことを言うのもいい加減にしなさい」 レナは厳しいことを言う。 「あんたは、わざと三下の恰好をしてパオの前に現れた。投降したふりをするのも計画のうちだったのよ。そして、パオの行動を逐一監視して、この刑務所へ怪物たちと一緒に封じ込めようとしたんだわ!」 一分の隙もない理論武装である。確かに、もしフランクが犯人だとすれば、説明はつくのだ。フランクがあっさりパオに恭順の意を示したことも、そう考えれば怪しく思えてくる。だがそれが、パオに取り入るつもりだったら、その計画は完璧に成功したわけだ。 そんな彼の気配を感じ取ったか、フランクはぽろぽろと涙をこぼし始めた。パオの前にうずくまり、額を地面にこすりつける。 「お願いです……信じてください……俺、俺はそんな了見、これっぱかしもありゃしません……」 嗚咽と共に、絞り出すような悲痛な声で訴えた。泣きじゃくるフランクに、フンとレナは鼻を鳴らして腕組みした。 「上手な演技だわね」 カッとしたフランクが、涙で汚れた顔を上げた。 「貴様だな! 黒豹さまにとんでもない話を吹き込んだのは!」 「おあいにくさまだったわね。香港一の敏腕記者と言われた、このレナ・袁さまがパオの側についたのが運のつき。あんたの悪事もこれまでね!」 「なにをう!」 叫んでフランクはレナに掴みかかった。レナも得意の頂点にいるので、一向に臆せず、かえってフランクの胸ぐらを取るお転婆ぶりである。仕方なく、パオが割って入って二人を引き分けた。 「やめてくれよ、頼むから!」 考えてみれば、そう言っているレナだって怪しいのだ。いきなり同行してきたかと思うと、パオを絶大なピンチに追い込んだ。警察が報道管制を行っているというのに、彼女だけが事件を察知していたというのもおかしい。 警察署長と副署長にかけた疑いも、まだ晴れたわけではない。彼らだって、パオが刑務所に到着する時間は計算できたはずだ。細工の暇は十分にあっただろう。 「私は違うわよ!」 レナ・袁は断固として首を振った。 「第一、私は爆発まではずっと、あなたと一緒にいたじゃない。導火線に火をつけることはできないわ!」 すかさずフランクが怒鳴った。 「俺は知ってるんだぞ! お前、署を出るときにトイレに行くとか言いやがって、本当はどこかへ電話してただろう! 黒豹さま、この女のポケットを探ってみて下さい。携帯電話が入ってます」 レナはとっさに隠そうとしたが、それよりパオの動きの方が早かった。レナの上着のポケットに手を突っ込むと、確かに小さな機械が入っている。 「どこに電話してたんだ?」 きつい口調のパオに、レナはたじろいだ。 「どこって……それはプライバシーの問題よ」 「答えてもらおう!」 「い……イヤよ」 レナはたちまち意気地をなくした。パオの視線を避けながら、それでも頑固に首を振る。たちまち、パオは彼女に対する警戒を強めた。 それでも、二人が犯人だとしたら、ここで目を放すわけにはいかない。 「署に戻るぞ」 二人に声をかけ、背を向けて歩きだす。口調が冷たくなってしまうのは、仕方がないことだろう。 フランクとレナはいったん顔を見合わせ、それからふんっとばかりにそっぽを向いた。ことさら親密さを強調しようと、レナはパオの右側、フランクは左側に陣取る。二人でパオを挟む形で、いがみあいながら帰路についた。 パオは天を仰いで、ふうとため息をついた。 各国の思惑が乱れる複雑な都市、香港。なるほどさすがに、起こる事件もややこしい。 早く解決して、日向ぼっこしながらゆっくり眠りたいなぁ、とつい弱気になってしまう東方黒豹であった。 だが、署ではさらに大変な事態がパオを待ち受けていた。 「ああ、遅かったな。どうしたんだ?」 まだ刑務所の事件の報告を受けていないらしい、署長がパオを見るなりそう言った。 「ええ、実は……」 喋りかけたパオを、署長は制した。 「それどころではないんだ。こっちでは、えらいことになっておるのだよ」 顔色は、先程に増して悪い。 途方に暮れた、という風情でパオを執務室に招き入れ、えらいことの内容を告げた。 「アイアン・李とマイケル・周の二人が、誘拐された!」 パオは一瞬、自分の耳を疑った。 それから、事態には似合わぬ間抜けな声を上げてしまった。 「な……なんですってえ?!」 |
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