|
結局。
爆弾はDゾーンに集中していた。
Dは日本企業が集中的に出店していた区域だった。テロリストはやはり、日本の政治の闇に関わって、働いていたのだろうか?
だが、今となっては全てが謎の彼方だ。
爆弾は連鎖式になっていた。須王が最初に見つけた爆弾を処理したことが、起爆スイッチとなったのだ。
奇跡的にも死者は一名だけだった。
負傷者は多数出たが、来賓には怪我がなかったことは不幸中の幸いであったと、上層部は記者会見で偉そうに言っていた。
病院の白いベットの上に、谷村は横たわっていた。
須王は、自分の額から目の上にかけて巻かれている包帯をずりあげようとしなが;あ、病室に入った。
「あ。先輩っ」
普段なら”先輩なんて生ぬるい呼び方をするな” と起こったところだが、須王は何も言わなかった。
「……具合はどうだ?」
須王は持ってきた見舞いの花を脇に置き、軽い口調で言った。
「全然元気なんですよね。早くリハビリしたいです」
同じように軽い口調の返事に、きゅっと須王は眉を寄せた。
谷村は、あの爆発で奇跡的に死なずにすんだ。
だが ------- 左足の膝から下をなくしてしまった。
「すまない」
Dゾーンにいた一般人や来賓には被害はなかった。他のゾーンに比べて遥かに多くの爆弾が仕掛けられていたのに、その程度ですんだのは、ひとえに、須王の部下が冷静に対応し、各人の責任で爆弾を処理したからだ。
各人の責任で処理しろ ----- と、 須王が命令したから。
「やだなあ、そんな言い方なしですよ。誰も、須王先輩の命令のせいだなんて思ってません。……僕、先輩のこと尊敬してるんです。僕とそんなに年齢も変わらないのに、先輩はいつも先に進んでいるから。足のことは ---- まだ、平気とは言えないけど、でも、こんなハンデ、平気です」
須王は、一生懸命喋る谷村に笑いかけようとした。
だが、うまく笑顔が作れなかった。
「僕はこれから出世します! それで今回みたいなケースにきちんと判断できる上司になります!
見ててくださいね」
お前ならできるよ、と須王は小さく言った。
しばらく須王は谷村の病室にいた。事件の経過を話したり、賞状か金一封が出ることを報告したりして時間は過ぎていった。
看護婦が様子を見にやってきたのを機に、須王は席を立った。
まだ見舞いが残っているからと言って立ち去ろうとした須王の背中に、谷村の声が追いかけてきた。
「……僕は、自分の判断が間違っていたとは、思いません。何回同じシーンに出会っても、何回、時があの場面
に戻っても。結果がこうなると分かっていても、同じように処理します」
須王は何も答えず、病室のドアを閉めた。
朝倉の病室は谷村よりも奥の病棟だった。
白衣に着替えなければ、面会はできなかった。
重傷と伝えられた彼は、それでも、須王をみると気丈にも起き上がろうとした。
「馬鹿、横になってろ」
自分よりはるかに年下の男に命令されるのはごめんだと、会った当時から文句を言っていた朝倉は、その命令にもにやりと笑っただけだった。
「おう、須王警部。いいところに来た。お前さんに聞きたいことがあったんだ」
須王は小さく息を呑んだ。彼の質問の内容はわかっていた。そして、それをまだ言ってはならないと、医者に止められていた。気力だけで持っている朝倉が、気力を失うかもしれないから、と。
「桜井は……どうなった?」
俺には聞く権利があるぜ、と朝倉はすごんだ。
包帯だらけの姿では虚勢にしか見えなかったが。
「……死んだよ」
須王は答えた。
即死に近い状態だった、と付け加えた。
「そうか……」
朝倉は力つきたように、どさり、と身体をベットに投げ出した。
「俺がこうだから、たぶんそうだろうと思っていたけどな」
諦めていたような口調で、それでも諦めきれないのか、何度も”畜生”と繰り返して。
すまない、という言葉が須王の喉まででかかった時、それを遮るように朝倉は言った。
「俺の考えじゃないが、まあ聞け」
そう前置きして。
「俺もそうだが、桜井の奴は、得に上司の命令や面倒くさい決まりに縛られて動くのが苦手だった。
ましてや、年下のキャリアの上司なんざ素直に話を聞く気にもなれねえ。だが、お前は違った。俺たちの特性を見抜いて、それぞれが一番動きやすいように、やり方を変えていた。俺たちを信頼してくれてたし、前の上司みたいに、文句だけうだうだ言って功績だけ持って行ったりしなかった。だから、俺たちもお前のことを信頼した。それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
違う、と須王は小さく首を振った。
「俺の…俺の判断が…」
「お前の判断は正しかった。俺たちはそう信じた」
信じる、という言葉が、痛くて辛かった。
「俺たちは-----桜井は、お前の信頼に答えたかったんだと思う。俺だってそうだし、谷村だってそうさ」
「違う」
須王は今度ははっきりと言葉を口にした。
「何が違うって?お前は俺たちを信用して、それぞれの判断に任せてくれたんだろう? 俺たちはその信頼に答えて、俺たち自身の判断で処理したんだ。何が会ったとしても、それは判断を下した自分の責任であって、お前には何の関係もない」
「俺は利用したんだ。管理能力を見せるために-----出世するために、お前たちを上手に統率しようとしてただけだ」
朝倉は、きょとんとして須王を見た。
それから仕方ないなぁ戸」言う風に、包帯だらけの手で須王の頭をなでた。まるで子供をなだめるように。
「ああ、わかったよ。お前部下をなくすのは初めてなんだろ。自分を攻めるのは結構だが、責める方向が見当違いだと、笑えるだけだぜ。……そうだな、そういう理容のされ方なら俺は大歓迎だぜ。統率しようと思っても、俺と桜井と谷村を統率するなんて、なかなかできるもんじゃないぜ。利用するために、あれだけいろんなことを任せてくれるのなら、いくらでも利用してくれよ。その見返りに俺たち、生命をくれてやるぜ」
須王はその言葉に顔をあげた。
「ほら。こんな言われ方したら、いやだろうが。正直に、桜井がいなくなって寂しいって言えよ。な」
須王は何も言えなかった。
唯一無二の相棒だった桜井をなくしたのは、朝倉の方だというのに。
逆に慰められてしまうとは。
須王は黙って頭をさげた。
朝倉は笑っていた。笑いながら、俺の方が十も歳食ってるんだから気にするな、と言った。
須王が退出した後、朝倉は意識を失った。そうして、そのまま意識を回復せず、半年後に死んだ。谷村はといえば、切断した足が敗血症にかかり、それが手足の麻痺となって発言したため、現場には復帰できなくなった。
全ての責任を死んだ桜井たちに押しつけてすませようという案が、内々に決定された。
須王はそのまま本庁に課長としてもどることになった。いわゆる口封じ、というやつだろう。
須王は逆らった。
報道に、真実をすっぱぬいた。テロリストの潜入の情報を、警察が事前に手に入れていたこと。にも関わらず、政治的なしがらみや癒着が絡んでいるせいで大々的な警備ができなかったこと。少ない警備の中、爆弾が発見されたこと。それでも上層部は、事を知られまいとしたこと。
そして-----三人の優秀な警官が、自分の生命と引き換えに市民を救ったということ。
須王は警察を辞めた。
それから三年。
須王はフランス外人部隊に入隊し、傭兵として生活した。
何かに取りつかれたように爆弾処理を志願する須王のことは、傭兵仲間でさえクレージーだと噂していた。
傭兵という手段を取ったのは、いざというとき、人間を相手に引き金を躊躇なく引くためだった。
復習。
それだけが、須王の生き甲斐だった。
あのテロリストをいつか見つけだして、殺してやる。殺された部下たちの、何倍もの苦しみを味あわせてやる。
いや、あのテロリストだけではない。この世の全ての殺し屋という殺し屋を滅ぼしてやる。それが部下たちへの手向けだ。
そのために須王は、がむしゃらに武器の使い方を学んだ。爆弾だけでなく拳銃の腕も磨いた。いくら警官として拳銃の扱い方を学んでいても、外国とはレベルが違った。日本の警官は、撃った数を覚えておいて、その空薬莢を拾わなければならない。だが、傭兵が覚えるべきことは、室内と屋外の撃ち方の違いや、替え弾の入れ方だ。
その全てを、むさぼるように須王は学んだ。
全ては、復讐のために。
|