〜デューク高沢 vol.03〜


・交通事故  デューク高沢

 日本は、狭い島国のくせにアホみたいに車が多い。とかく交通事故が多い。どんなに人間や機械や道路に安全を配慮しようが、これからも交通事故はなくならないと私は思う。そんな交通事故をゼロに近付けようと研究をしている大学教授の講議を、幸運にも私は過去に受けたことがあった。講議は自動制御工学についてだったが、いかにして交通事故が起こるのかを研究し、人間の行動心理を科学で分析するという研究をしているそうで、平たくいえば人間の行動を数学で表現しようという試みである。それに基づいた道路設計と自動車の設計というものを、ほんの少しだけ語ってくれたけれども、この教授が野球好きで、それに関しての持論で面白いことを話してくれた。野球における守備位置は、どれだけ瞬時の判断力が問われるかを考察した時に、それは場所によって大きく変わる。もっとも頭を使うと言われるのが、投手と捕手。投手はとっさの打球に反応し守備位置を大きく変えることもある。捕らえなければいけない打球の方向も、前方からの軌道で何十何百通りとある。逆に、守備位置がほぼ固定していて、捕らえる打球の方向も限定されやすい一塁手と三塁手は、さほど頭を使わない。これが、現役を引退し、監督に就いたときの手腕に影響する。元・投手や捕手は優秀な監督となり、元・一塁手や三塁手は、機転の効かない、あまり優秀ではない監督になる。「別に私は巨人が嫌いじゃないんだけど、考えるとそうなっちゃうし、実際そうだもんね〜。」と、壇上の教授は熱く語っていた。たしかに権藤さんは現役時代に長嶋に散々打たれてたし、星野さんも王さん相手にいいように打たれてましたが、監督としては良い仕事してます。さて、今年のプロ野球日本シリーズは中日対ダイエー。あなたはどう予想しますか?余談ですが、この話をしていた教授は、東京大学自動工学研究所の稲葉教授という方でした。今年も、講議でこの野球の話をしているかもしれませんね〜。(笑)


・核軍備  デューク高沢

 西村防衛政務次官が、「日本も核軍備するべきだ」というような発言をして、テレビや新聞がたたきに叩いて、速攻で引責辞任してしまった。「今の日本を変えるには、エアコンのスイッチと間違えてテポドン発射、そして首都をド直撃。これしかない」に近い発言でしょう。でも、なんかこの政務次官の心情を察するに、今の日本の現状を憂いて、なんとかしたいという気持ちと、イライラがたまっていて、「もうガマンできん!あかん!思わず口から出てしもた〜」なのかもしれないな〜と、私も思わず同情してしまった。しかしながら、日本における「軍事核の配備」はダメだと思う。理由は、安全に保管しておけるような土地がないからだ。アメリカの10分の1にも満たない、ちっぽけな島国に人口1億人も住んでいるのだから、核をどこに置いたって人がいるのだ。万一の事故で放射能の拡散したとき、十分安全な距離を保てるほどの広大な土地もない。護身用に持ってた爆弾を、何かの拍子でズッコケて、自分で自分を見事に爆破してもうた〜、なんてアホなことが起こりかねない。手作業でウランいじってたら、うっかり八兵衛出てしもた〜という事件が起きるような国である。アメリカ・ロシアをはじめ、核を保有する国は、自分の枕元に核爆弾を置いて日々を過ごすような真似は決してしないし、そんな狭いたたずまいではない。ただ、日本にも軍備が必要であることは確かだと思う。それでも、軍備増強を一番喜ばないと思われるのは、日本国民自身でも、政治家でも、隣国の朝鮮・中国・台湾・ロシアでもなく、アメリカだろうと思う。戦争で負けても、経済で最大の脅威となった国が、五十余年を経て、軍事としての脅威にもなれば、大統領もペンタゴンも少しは肝を冷やすかも知れない。それにしても、人類史上例のない、実戦で原子爆弾が落とされた国が、落とした国と仲良くしてるのは、思えば不思議なものである。 まぁ、所詮は素人のたわごと。余談ではあるが「エアコンのスイッチと間違えてテポドンが」のくだりは、チャールズ良(犯)将軍の名言のひとつである。近日中に語録集行きとの話も・・・。(笑)


・リストラ  デューク高沢

 「建造物・建設」という言葉を英語で「construction」という。「再建・復元・改造」という言葉になると「reconstruction(リコンストラクション)」、これを日本風に略した造語が「リストラ」である。テレビや新聞の経済関連のニュースで、何やら呪文のようにやたらめったら発せられるこの言葉の本来の意味は「再建」である。それを何を勘違いしているのか、人員削減だろうが工場閉鎖だろうと、リストラの一言。人件費を減らすため人を解雇しました、閑古鳥の泣く工場を閉鎖しました。で、それでどうするんでしょうか?そこから先にやることが再建(リストラ)です。会社が出費をケチるだけ、資産を手放すだけでは「規模縮小」、悪くいえば「衰退」といいます。決してリストラ(再建)ではありません。テレビは何を勘違いしてるんでしょうか。毒舌日記流に書くと、まさにバカの一つ覚えの脳足りんチンタリンである。とかく、今の日本の報道媒体というのは、行き当たりばったりハッタリのカタカナ英語の大放尿。これだけ日常生活にカタカナ英語が浸透しているくせに、国民全体の英語力というのはアジア諸国においても、かなり出遅れていると思う。日本で良く使われるカタカナ言葉というのは、日本語のようで日本語ではなく、英語のようで英語じゃない。漠然と「こんな感じ」みたいなあいまいな表現方法と言える。返答に困るとあいまいな会話でお茶を濁す国民性にピッタリ。だから日本語に組み込みやすい。とどのつまりカタカナ英語はハッタリ英語。ここがヘンだよ日本人。こんなところが私は変だと思う今日この頃である。どうせ英語が使えないのなら、読み書きには、ブコツに日本語でド直進と行きたいところであります。国語力は一生涯養うべきもの。どの国に生きる者でも、これは重要なことであります。


・景気対策  デューク高沢

 今もなお不景気の世の中が続く。政治に景気対策を期待する気持ちもわからないことはないが、地域振興券の配付や、所得税の一時的な免除、銀行への公的資金投入、なんちゅーか焼け石に水。まぁ、無策であるより、はるかにましでも、景気対策という考え方は消極的だと私は思う。どうせやるなら国益の増強である。企業を養護することが大切。雇用の拡大と、労働に見合う給与。国が事業を起こして人を雇うことも重要。さて、国益にならない外交といえば、PKOが真っ先に思い付く。中近東での湾岸戦争の後、機雷の掃海処理に行ったのは日本の自衛隊。アメリカとイラクのケンカの尻拭いをするのが何故か日本。インドネシアから独立しようとする東ティモール自治区の選挙中の治安のためにと文民警察官を派遣。選挙は独立派が勝利するも、あいかわらず暴動は起こるで、国連平和維持軍の投入。しかし、これも効果なし。さて、これらが意味するものとは何だろう?素人目の私から見ると、せいぜい外ヅラだけ良い程度しか意味ないような気がする。外ヅラだけじゃ外交は務まらないし国益は望めない。ロシアのタンカーが日本海沖で座礁して原油が流出したときも、こっちが、甚大な漁業被害のうえに、地道な回収作業までして、向こうにはお金がないからとロシアからは賠償請求すらしない。日本の200海里協定を無視して、日本の領海域なのに魚を捕ってるのも、日本漁船をだ捕したのも、太平洋戦争のドサクサまぎれに北方領土を取ったのも、全部ロシアのしわざ。お寒い国益の事情があるかどうか知らんが、あちらはあちらなりの手段を取ってるのでしょう。そのくせに、今だってロシアは核兵器の開発をちゃっかりやっているのだ。日本ってほんとにお人好しすぎるよな〜。と、つくづく思うのである。外交で強気に出られる口実は、いくらでもあるハズなのに、多くを語らないのは、争いごとを好まない日本のお国柄なのか、単なるヨモヨモうぅ〜なのか。官僚の陰での努力もあるだろうけど、今一度、この日本には国士無双(2人といないすぐれた国士)が必要なのだと思う。これらが、私の単なる勘違いで済めばいいんだけどね〜。(笑)


・中古ソフト  デューク高沢

 一度個人で買ったゲームソフトを売り払う、業者がそれを買い取り販売する。この中古ソフト売買をやめてほしいと、一部のゲームソフトメーカーが異義を申し立てた。1年前の東京ゲームショーでは、この中古ソフト不買運動の催し物に見物客が一斉にチラシを投げ付けて去ってしまったという楽しい事件もあったのだか、東京地方裁判所ではメーカーの言い分を棄却、大阪地方裁判所では一転して認めるという判決が下されて、小売店側とメーカー側で1勝1敗。すでに多くのゲームマニアには知られた話となっている。ネット上の掲示板でも、あちこちで爆発していた話題であるが、どう転んだって別に構わないと私は思っている。ただ、メーカーの言い分というのにはガマンならんです。「ゲームソフトは映画と同じようなもので頒布権を有するもの」とかぬかしているが、最初にこんな言い分考えたの誰ですか?あんたそりゃ映画に失礼でしょうが。アルフレッド=ヒッチコックやジョージ=ルーカスやウォルト=ディズニーやスティーブン=スピルバーク、はたまた淀川長治さんに、スペースインベーダーが映画と同じようなものであると、納得させる事が出来る自信がおありなんでしょうか? いくら例え話でも例えが悪すぎる。映画も作らんようなゲームメーカーには、いささか度が過ぎる寝言としか思えない。映画は映画、ゲームはゲームなのだ。おっと、話題がそれてしまった。で、中古ソフトを根絶やしにしようなんて本気で思ってるなら、やめたほうがいいと思う。植えた木の育つ同じ土で雑草も育てば、虫のすみかだって出来るように、ゲームの世界でもゲームメーカーの成長とともに中古市場も育つ。共生と寄生は表裏一体。そのつりあいをどこかで崩そうとするから問題が生じる。別に争うのは勝手ですけど、この中古ソフト問題をこのまま法廷で争い続けても、無駄な鉄砲、なんちゅーか無駄!と私は思う。 結局、消費者が一番状況がよく見えてるんじゃないでしょうか。傍目八目(おかめはちもく)とはよく言ったものである。


・ゴルゴ13  デューク高沢

 「ゴルゴダでキリストを殺した13番目の男」、この言葉でピンときた人は、なんちゅーか年がバレます。(笑) そう、さいとうたかをの漫画「ゴルゴ13」の主人公の名前の由来である。出身・国籍・年齢不明、沈着冷静にて、ひきうけた仕事は必ずこなすプロの殺し屋。冷徹なまでに感情を殺し、その仕事ぶりは機械と呼ばれるほどに驚異の正確さを誇る。世界をまたにかける裏の世界で恐れられている人物である。このゴルゴ13は、物語中で様々な仮の名前を使うが、その中でもデューク東郷という日系人の仮の名前を持つ男でもある。私が、このコラムで使っているペンネームは、ここから由来するらしい。というのは自分で名付けたわけではなく、気がつくと、チャールズ良(犯)将軍から勝手に自分のペンネームとして授けられてしまったのである。(笑) で、最近、自分の働いているゲームセンターに古本で10巻分、設置していった常連さんがいて、仕事中に思わず読みふけってしまう。1km先のフットボホールを射抜くその腕は、常識では考えられないゆえに、法廷で裁こうにも、11人の陪審員を納得させるのは不可能。なんちゅーか古き劇画の世界であります。かっこよくて出来の良すぎる主人公に、美人のお姉さんが出てくるあたりは、映画007シリーズのジェームス=ボンドを意識してたのでしょうか。それにしてもこの漫画。今でもビッグコミックスで掲載しているというのが信じられない。私が初めて読んだのが小学1年のときで、連載第1回目は1970年。もうすぐ連載30周年。まさに驚異の長期連載漫画であります。全巻そろえようものならどうなることやら。ということで、時々ヒマなときに読んでます。余談でありますが、同じデュークと名がついてもデューク高沢は、あの漫画のようなプロの殺し屋とはかけはなれた、ごく普通な一般市民です。松山に滞在中、ビデオカメラを持ちながらアホみたいに「狙撃っ!狙撃っ!」などとわめきながら撮影していたのがイカンようでした。(笑)