峨眉山月半輪の秋
影は平羌江水に入って流る
夜清渓を発して三峡に向う
君を思えども見えず渝州に下る
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【通 釈】
峨眉山に半月がかかる秋の夜。
月の光は平羌江の水面に映り、
ゆらゆら揺れながら流れてゆく。
私は夜、舟で清渓を出発して
三峽に向った。途中君の面影を
慕いながらも見えず、やるせない
気持ちを抱きながら渝州へと
下って行った。
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【語 釈】
峨眉山=四川省峨眉県の西南にある名山・標高3035m。
(「蛾」眉山とも書く)
半輪=半月、片割れの月。影=月の影、月光。
平羌江=四川省雅安県の北から流れ、大渡河と
合流するところ。青衣江ともいう。清渓=四川省
漢源県にある。健為県との説もある。三峽=峽は山
にはさまれた急流をいう。広渓峽・巫(ふ)峽・西陵峽。
瞿(く)唐峽・巫峽・西陵峽ともいわれる。
君=月をさす。友人ともとれる。
峨眉は蛾眉に通じ美人をさしているともとれること
から、ここではおそらく想っている人(愛人)のこと
を指していると思う。渝州=今の重慶。
【鑑 賞】
この詩には、峨眉山・平羌江・清渓・三峽・渝州と
五ヶ所も地名が出ていて、少しも不自然さが感じれない。
それは、字のもつ感じをおまく利用しているからだ。
峨眉山はそそり立つ山の想像させ、そこに秋の夜の
月がかかっている。平羌江は字の印象からも、ゆったり
流れる川の情景、清渓が、秋の夜の澄んだ気分に
合っている。地名(固有名詞)と情景とがあいまって、
多少感傷的ながらも情緒のある舟旅を満喫している
詩である。
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