東人の新居浜生活新居浜見聞録 Part 11


SKY Perfect

 2001年の10月ごろから娘がキッズステーションを見たいと言いだした。
 友達がキッズステーションの「らんま1/2」というアニメの話をしていて、仲間に加われないでいるようだ。
 新聞のテレビ欄を見てもそれらしい番組は見あたらない。
 NHKのBS放送でも無いようだ。
 ケーブルテレビで放送している番組らしいとの話も聞いた。
 新居浜のケーブルテレビのサービスは、市内「ほぼ全域」をカバーしていると広告などに書かれているが、星越地区は「ほぼ全域」から除外された地域でいまだに申し込みたくてもサービスを受けられない。
 同じ星越地区に住む娘の友達もキッズステーションを見ているという。ケーブルテレビでもなさそうだ。
 
 色々調べ、衛星放送の SKY Perfect TV で放送されている番組であることがわかった。
 ケーブルテレビも SKY Perfect の番組を流しているようだ。
 
 SKY Perfect を見るには、専用のパラボラアンテナとチューナーが必要で電気店を調べた。
 丁度JUSCOにて、アンテナとチューナーのセットで\8,000と安く売っていたので購入して取り付けた。
 
 アンテナをセットし、仮契約の手続きをして2週間のお試し期間でほとんど全ての番組を見ることができるようになった。
 
 SKY Perfect には約300チャンネルほどの番組があるようだが、それぞれのチャンネルが一つのジャンルの番組を常に放送しているものであった。
 
 CNNやBBCなどの外国放送が受信できるのは良いが、その他の番組には余り興味が無い。映画のチャンネルも多数あるが、知らない映画を放送していることが多い。
 娘の見たがっていたキッズステーションは、アニメを一日中放送している。
 
 放送するアニメは、かつて放送されたものを繰り返し放送しているようだ。プログラムを見ると、「おそ松くん」や「鉄人28号」など、両親もかつて見ていたものもあった。
 これらの昔のアニメは、子供の頃は楽しみにして見ていたが、今になってみてみると見るに耐えられないものであった。
 
 娘の見たがっていた「らんま1/2」もかつて放送されていたものであるが、こんなアニメがあることも知らなかった。
 1989年4月15日〜1992年9月25日に放送されていたものらしい。その頃はまだ独身であり、アニメのことなど知る由もなかった。

 娘は「らんま1/2」を毎日楽しみにしてみている。
 キッズステーションの中でも「らんま1/2」は人気No.1の番組らしい。


 【関連URL】
       SKY PerfecTV!

       キッズステーションどっとこむ  


百足の被害

 2001年の夏には百足の被害が頻発した。
 7月に妻が百足に咬まれた。
  放置していた靴下を履こうとしたら、その中に百足がいた。
 8月 妻が寝ている間に百足に咬まれた。
 9月 今度は娘が百足に咬まれた。
 寝ている間であるが、咬まれた瞬間、娘は「電気うなぎ」を連想したそうだ。
 その時目の前に電気ウナギが現れたと娘は言う。
 10月 就寝中の夜中に妻が百足がいる、と騒ぎ出す。明かりを点けて辺りを探すが百足はいない。そのまま寝たが、今度は東人の足に痛みが走った。 百足に咬まれたようだ。
 ということで、家族全員が百足に咬まれてしまった。
 


土石流危険渓流

 
最近、自宅の前を流れる川にこのような標識が設けられた。

1999年の 台風16号では、川が増水したが土石流は発生しなかった。

小さな川であるが、土石流の発生もあり得る川であるとのこと。

また、この標識により家の前の川が西山田川という名前であることを初めて知った。
 
土石流
危険渓流
 王子川水系西山田川

 土石流が発生する恐れがありますので 大雨の時は、十分注意してください。


愛  媛  県
  新 居 浜 市
 


イオン新居浜ショッピングセンター

 2001年6月30日にJUSCOを中心としたイオン新居浜ショッピングセンターがオープンした。
実際のオープンはソフトオープンの6月27日であったが、それ以降、ショッピングセンターには多くの人が来ているようだ。

以前、テレビでJUSCOという企業について特集していた。
この不況の中でもJUSCOは利益を上げているという。
また、都会ではJUSCOを知らない人が多いという。 確かに、東人も千葉にいたころは近くにJUSCOは無かった。
JUSCOは、比較的辺鄙なところに大型の店舗を作り、広い駐車場を設けて広域の顧客を確保して成長した企業であることが紹介されていた。
店舗の拡大方針として、狸や狐が出るような場所に店舗を展開しているそうだ。
新居浜では、狸や狐に遭遇したことは無いが、昔は狸は居たようだ。

 イオン新居浜ショッピングセンターは、愛媛県では最大、四国でも3番目の大きさであるという。
 今までは、新居浜で探してもよい物が無ければ松山まで出かけることもあったが、今後はその必要も無くなりそうだ。


新しくできたショッピングセンターは、娘の通う惣開小学校の近くであり、歩いても行ける。
地図で確認すると、直線距離では当家より600mほどの距離になる。 実際は間に山があり、少し遠回りするが、それでも近い所にある。

これまでは、妻が車の運転ができないため、土曜や日曜の休日に一週間分の買い物をしていた。JUSCOができてからは、歩いても買い物ができるようになる。

当家の生活パターンも変わることになりそうだ。

 【関連URL】
       イオン新居浜ショッピングセンター


 

通学路

  娘から聞いた話では、2001年5月11日の通学時に惣開小学校の近くで交通事故があったそうだ。
 娘は学校に到着した後であったが、まだ通学している児童がいる頃に、車が小学校の正門近くのブロック塀に突っ込んだとのこと。
 幸い、通学児童には被害は無かったようだ。
 
 翌日、現場を確認しに行くと、壊れたブロック塀の撤去作業が行われていた。
 学校の正門の近くの多くの児童の通学路で起きた事故であり、児童の被害が無かったというが、一歩間違えば重大な事故になる可能性がある。
 道路の縁石には傷跡が残り、街路樹も折られていた。
 
 この事故がどのような状況で発生したかは分からないが、娘の通学路で起きたことであり、心配になる。
 この道路の向かい側にはジャスコの建設工事が続いている。
 ジャスコができると通学路の交通事情も変化することがPTAでは心配されていた。
 この道の歩道には縁石は有るが、ガードレールは設けられていない。
 この事故を教訓に、ガードレールを設置してもらえないだろうか?。
 
  
 夏休みが明けて2学期が始まった時には、この道路にパイプ式のガードレールが設置されていた。
 
 学校やPTAの方々の努力のおかげであるが、佐々木市長からもこの問題に働きかけていただいた。
 
 ガードレールがあっても、この事故のように車が激突した時に児童がその場に居たら恐怖感は大きいものであろう。
 このガードレールが役に立つような事故が起きないことが望まれる。


「わたしたちの新居浜市」

    娘が3年生になり、新しい科目の社会と理科が始まった。
 娘は社会や理科に強い興味を示している。
 
 1〜2年生の時には生活科として教わっていたものであるが、通信簿の評価では娘は他の教科に比べて良い成績のようだ。
 生活科と図工については、母親はなにもタッチしていない。その他の教科については母親もテストなどをチェックして教えてもいた。ノータッチの科目の方が良い成績であったことに母親はショックを受けている。

 3年生の社会科では郷土について学ぶようだ。
 
 3年になってもらってきた教科書に「わたしたちの新居浜市」というものがあった。
 小学3・4年生社会科副読本とのことで、新居浜市教育研究所で編集されたものが使われていた。
 小学生はこの教材で郷土について学ぶようだが、東人にとっても参考になるところがある。

 「わたしたちの新居浜市」の目次より。
 3年
1.みんなでつくるまち
2.わたしたちの市のようす
3.わたしたちのくらしと商店
4.わたしたちのくらしとものをつくるしごと
5. 市の人びとのくらしのうつりかわり
 
 4年 
1.住みよいくらしをささえる
2.安全なくらしを守る
3.きょう土を開く
4.わたしたちの県


芸予地震

 2001年3月24日に安芸灘を震源とする地震が発生した。
 その週は20日が春分の日であったため、24日の土曜日も出勤日であった。
 東人は勤務中に地震が発生した。かなり大きな地震であったが会社での被害は殆ど発生していなかった。
 携帯電話から家に電話を入れようとするが、通じなかった。
 公衆電話にて家に繋がり、家族が無事であることを確認した。
 
 帰宅すると、妻が家の掃除をしていた。地震が収まってから掃除の連続だったようだ。  
 23日が終業式で春休みに入り、娘も家にいたときに地震が発生した。
 妻と娘は台所にいたそうだが、地震発生時、娘は素早くテーブルの下に隠れた。
 妻は料理の支度中で、娘に少し遅れてテーブルの下に避難したそうだ。その時には冷蔵庫に入れようとしていた魚を手に持ったままであったそうだ。
 
 地震の最中に、色々な物が落ちてきたという。家具が倒れることは無かったが、上の方に置いていた物が落下した。
 地震が収まってから外に出て、近所の人と出会ったそうだ。
 近所の人は外に逃げ、外から社宅の建物が軋んだ音を立てて歪んでいたのを見たという。
 地震後、家の中には泥が落ちていた。よく見ると、壁の角の部分に亀裂が生じていたり歪んでいる。壁土の上塗り部分が浮き上がり、一部破損して壁土が落ちてきている。
 屋根瓦には特に異常は見られなかった。
 壁の被害は風呂場の中が特にひどかった。壊れた部分をシリコーンシーラントで補修した。
 
 帰宅後、コンピュータのスイッチを入れてインターネットに繋ごうとするが回線が繋がらない。
 電話をかけてみるが、市内は繋がりにくくなっていた。
 夕方になり、隣人から電話が入った。その隣人は、子供が春休みになったので関東に帰省した時に地震が発生し、当家に連絡を取ろうとしていたが、2時間程の間に何度も電話をしたがつながらなかったという。
 隣人の家も当家と同じ状態になっているはずであり、帰ってから大変だろうと思う。


 家の壁は少し破損したが住めないことは無く、普通の生活を送っている。
 
 しかし、今回は妻と娘が同じ場所にいて地震が発生したが、二人が別の部屋にいるときに地震が起きたら・・・
 娘は地震発生とともに、安全な場所を探して隠れるだろう。
 妻は家の中を娘を探し回るが見つけられず、ウロウロしている間に上から落ちてきた物に当たっていたのではないだろうか?。
 
 


祭りモード


 新居浜では、彼岸を過ぎた頃から祭りモードが始まる。
 夜中に遠くから太鼓の音が聞こえてくる。
 10月に入ると祭りモードが本格化する。
 スーパーマーケットに買い物に行っても、店の中に置いてあるテレビで去年の太鼓祭りのビデオを放映している。
 さらに、都はるみの新居浜太鼓祭り音頭も流れてくる。
 太鼓の運行を指揮する笛の音や小節のきいた太鼓祭り音頭が耳につく。
  
 太鼓祭りの前日の10月15日、祭りモードは絶頂に達していた。
 山根グランドに行くと、17日に開催予定の「統一かきくらべ」を見物するための場所取りのシートが既に敷かれていた。
 太鼓祭りでは、新居浜出身の人の多くが帰省するため、スーパーマーケットにも新居浜や愛媛のお土産の特設コーナーが設けられる。 また、祭り用品として、写真フィルム等と一緒に、軍手、軍足、地下足袋などが並んでいた。また、子供用の笛も売られていた。
 
 太鼓祭りのラベルのついた清酒は以前から売られていたと思うが、2000年には、太鼓祭りの図柄のビールも販売されていた。
 祭りモードが絶頂に達したところで太鼓祭りに突入する。
(2001/09/26) 新居浜では、小学校の運動会は市内一斉に開催される。
 2001年は、9月23日が運動会であった。
 それまでは、スーパーマーケットでは運動会に合わせて、「天国と地獄」の音楽が流れていた。
 運動会の翌日の24日、買い物に出かけると店内では新居浜太鼓祭り音頭が流れていた。
 今年は早くも9月から祭りモードに突入していた。