東人の新居浜生活新居浜見聞録 Part 4柴灯大護摩供養


柴灯大護摩供養


 

本堂で太鼓を打ち鳴らす中、山伏が登場。

 

四方をお払いして浄める。

 


 

松明に火がつけられる。

 

大護摩に火が入り煙が立ち上る。

 


 

大護摩が炎を上げて燃えあがる。

 

護摩木を投じて、盛んに燃える。

 


 

残り火の上に木片を蒔いて、燃えだした炎の中を山伏が歩く。
山伏の火渡り

 

炎が消えた後、一般の人も歩いて無病息災を祈願する。


 


 

新居浜見聞録/柴灯大護摩供養



明正寺


 柴灯大護摩供養の行われた明正寺も、新居浜では有名なお寺の一つに上がられます。
 神亀5年(728)、伊予の豪族越智氏の創建と伝えられ、聖観音菩薩を本尊とする真言宗に属する寺で、当初は西法寺と称していました。
 寛永20年(1643)に明正天皇の勅命により明正寺と改められ、銅銭や金銅密教法具など貴重な文化財の宝庫として知られています。
 この寺には、他の桜に先がけて3月中旬に咲き始める、単弁白色のミョウショウジザクラがあります。
 ミョウショウジザクラは、昭和40年(1965)3月20日、愛媛県文化財保護委員・八木繁一氏が発見し、学名をミョウショウジザクラと命名したもので、単弁白色の美花で葉の芽立ちより早いので、これを寺では「ねはんザクラ」と呼んでいました。
 近年、涅槃会参拝を兼ね、桜を見に来る人も増えています。このサクラは樹勢も盛んで気根を出し、株や根の途中から芽をたくさん出すので苗木を取り、前江崎住職・現川崎住職の手によって市内外の神社、寺院に寄付して種を保っています。
 境内のこのサクラの傍らに天方(発見者 八木繁一氏)の句碑があり、また多喜浜塩田開発の祖・深尾権太輔の墓も大事に祀られています。

1997年11月22日、薬師堂の落慶記念に、
柴灯大護摩供養がとりおこなわれました。当日の写真はこちらをご覧下さい。



* この解説は、新居浜市総合観光ガイドブック「旅心くすぐる 愛媛・新居浜」の説明を元に、新居浜・大島・吉祥寺の中島住職のご協力の下で作成しました。


新居浜のむかしばなし
(平成元年2月「新居浜のむかしばなし」編集委員会編 新居浜市教育委員会 発行)より
 

 
明正寺境内の薬師堂

 薬師堂には薬師如来・毘沙門天・弘法大師が祀られている。
 お薬師様のご本体は掛軸に描かれた画像です。長い間掛けていたので傷みが生じ挙との表具屋へ修理に出しました。
 それから一年後に修理が終わったから引き取りにくるよう頼りがあった。修理に持って行った角屋伍平は、さっそく京都へお迎えに行きました。
 ところが表具やさんの床の間に同じもの寸分違わぬ二本の掛軸が掛けてあり、
 「どちらでも持ってお帰りなさい。」 といわれて困ってしましました。どちらが持っていった本物かわからないので、お薬師さんを念じつつ目をつむり御利益があるなら、私に目に物見せてくださいと拝みました。目をあけてよく見ると画像が身をパチパチとしばたいたのでこれが本物だと思い持ち帰った。
 それからというものは誰いうことなく、目引き薬師様というようになり、目の病気に御利益があるといわれ、現在も多くの人がお参りしている。