現実の考え方 | 歪みのパターン | 客観的な考え方 |
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私は、こんな簡単なこともできなくなってしまったのだろうか? | 選択的抽出(心の色メガネ) | どんなにチェックしても見落とすことはあるさ。 人間だもの。 |
私一人でできる筈なのに。あの人に迷惑かけて申し訳無いなあ。 | 自己関連づけ | もともと仕事の量が多いことを一人にやらそうとしていたからできなくなっただけ。 別に私が悪いわけじゃないなあ。 それなのに、どうして私は「他人に迷惑かけること」に遠慮するのだろう。 |
それもこれも私がうまくできないからだ。どうしてできなくちゃったのかなあ。 | 選択的抽出(心の色メガネ) 拡大解釈と過小評価 レッテル貼り |
うまくできていることもあるはず。まちがっていたところだけができていないだけ。 |
きっとみんな私のことをバカだと思っているに違いない。 『年ばっかり食って、使い物になんないじゃん。』 『ああ言うふうにはなりたくないよな。』 なんて、心の中で思っているのに違いない。 |
独断的推論(心の読みすぎ) 感情的決めつけ |
誰も私のことをバカだとは思っていないのでは? 『年ばっかり食って、使い物になんないじゃん。』 と思っているのは私だけど、だからと言って本当にそうなのかな? |
人を手配してくれた上司も大変だったに違いない。 申し訳無いなあ |
独断的推論(心の読みすぎ) | 単に人が余っていたかもしれないし、本当のところはよくわからないのでは? |
仕事ができないばっかりに、こんな辛い思いをするんだ。もっとがんばらなくっちゃ。 | 自己関連づけ | 仕事ができないことと、人生が辛いことは別問題では? 仮に仕事がうまくいけば辛くなくなるのかな。 |
仕事をきちんとやらなきゃ。給料もらっているんだもん。 | 拡大解釈と過小評価 | 自分の価値を低く見積もっているなあ。 仕事がきちんとやれる人が沢山給料もらえるとは限らない。 私はちゃんと自分のやるべき事をしたのだから、それに満足しよう。 人の半分しか仕事ができなくてもいいのじゃないかな。 それ以上は今の私にはできないのだから。 |
だけど失敗しないようになんてできそうもない。 昨日もおとといもみんな失敗したじゃないか。 今日も失敗するにちがいない。 |
マイナス思考 レッテル貼り |
昨日もおとといもそうだったから、今日も失敗する保証はない。 昨日もおとといもうまく行ったから、今日うまくいくかどうかわからないのと同じこと。 |
こんな私が会社に出ていって、何か意味があるのかなあ。 仕事ができないと、面白いことなんか何も無いなあ。 私の生きている意味なんてどこにも無いんだ。 仕事のできないわたしなんて、生きていても仕方が無い。 |
マイナス思考 レッテル貼り |
仕事以外に面白いことはたくさんある。 生きている意味なんてもともと無いのに何をいまさらぐだぐだ言うの? (これは認知療法からは導けないけど一応書いときます。) |
例えば、今日、街で綺麗な人(あなたが女性ならばかっこいい人)を見かけたとしましょう。そうすると何か得したような気分になって、今日の街の印象はとてもよくなるものです。
でもよくよく考えてみると、街には沢山の普通の人が歩いていて、その人たちのことは全く頭の中に残っていませんね。街で出会った綺麗な人あるいはかっこいい人の印象が街全体の印象になってしまっています。普段の生活を送っているときでさえ、人は何か特徴のある一部分が見つかるとすぐにその特徴が全体の特徴だと勘違いします。
今、落ち込んでいてあなたはそこから抜け出したいと強く思っています。ですから、もうこれ以上自分が傷つきたくないという思いが強く支配しています。
そんなときは自分にとっていやなことの前兆が来るのをできるだけ早く見つけたくて、ちょっとした兆候を見つけやすくなっているのですね。ですから、自分にとっていやなことは普段より多く見つかるはずです。そして、それを自分全体に拡大して解釈するので、だんだん自分の本来の姿から悪いイメージに変わってきているのです。
しかし、そのことに自分では気づきにくくなっています。自分の感じる自分の姿が本来の自分だと信じ込んでいますもの。
しばらく、今自分が自分以外の物を見ている立場から離れて自分の外に自分の視線を移動させて下さい。
その視点から、綺麗な人やかっこいい人にとらわれない普通の街の風景を思い浮かべるように、特異な特徴にとらわれない自分を含めた全体を眺めるようにしてください。
そうすれば、自然に客観的な自分が見えてくると思います。