悩みと共に(抑うつ 神経症 気分変調 うつ病 摂食障害)

すんだひとみ
澄んだ眸
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準備

 私は、3ヶ月後にはまた同じ会社に復帰する事になります。

 発病したところと同じところで同じような仕事をするわけですからもう一度同じ病気になる可能性は非常に大きいわけです。

 もし発病したら、その時はまた心療内科にいけばいいと私は思っていましたが、もし私が心療内科のロバート・デニーロににた先生と同じように誰かのカウンセリングができる能力があれば、それを自分に応用して自分自身をなおせるのではないかと考えました。

 と言うわけで、自分をカウンセリングする特別なカウンセラーを自分の中に作ろうと考えました。

 その方が、危機的状況が起こる前にいろいろ対策が打てるし、いちいち相談しに行かなくてもその場で対応できるし、会社を休む必要もないので合理的です。

 そう思って、河合隼雄さんたちのカウンセリングの本を読みはじめたのですが、正直驚きました。

 彼らは、何かを与えることをするのではなくて、クライエントの気持ちを返しているだけなのです。そういえば心療内科の先生は「ああしなさい」とか「こうしなさい」なんてことは薬の飲み方以外は何も言っていないことに気が付きました。

 そうなると自分のためのカウンセラーを作る事は、自問自答すること以外の何者でもないことになってしまいます。自問自答など腐るほどやってきた私はどうしていいかわからなくなってしまいました。

 うつに陥ってしまえば、自分を保護したり育てたりする余裕や、自分の豊かな感受性を表現することが大変難しくなります。どちらかというと、自分を責めたり他人に合わせたりという気持ちが強くなって、暗いほう暗いほうに思考が向いてしまいそうになります。そういったことに自分が気付くのは非常に難しいことだと思いました。

 後で気が付くことですが、カウンセラーにカウンセリングを受けることは、自分の内側にある問題を外側に吐き出すことが自問自答とは違います。他人に話す説明するということは同じ内容の発言を繰り返さないということも螺旋のような思考の連続から抜け出すきっかけになります。

 そして、私には「カウンセリングを受けるとどうして問題行動が改善されるのか?」ということが大きな疑問として残りました。

思い出

 その間も、カウンセリングは継続していました。私は昔水泳をしていたころのことを何気なく話し始めたのです。

 スランプになるとどんなに努力してもタイムは伸びないこと。それでも練習を続けているとあるとき急に記録が伸びること。愛媛県で3位になったことなどを話していました。すると「あなたは何でも数値にまるめこむくせがあるのでは?」と先生が言ったのです。私はえっと思いました。「確かにそんなところが私にはある」そうも思いました。しかし、そう言われた瞬間に忘れ去っていた仲間の表情がよみがえってきました。

 私が2年生になったとき、3年生の先輩を抜いてしまったことがありました。「3年間練習した先輩が自分のような2年生に抜かれるなんて耐えられないだろうと」私はしょんぼり申し訳なさそうにしていました。でも、その抜かれた先輩が言うのです「おまえが勝って落ち込んどったら、俺が嬉しいと思うか?勝負に勝ったときぐらい喜ばんかい。」そういって笑う先輩がいたこと。そのことを鮮明に思い出しました。

 そして私は気が付くのです。勝負に負けても負けたなりに満足できる生き方があることを・・・。負けを認めて生きることのほうが勝つことにこだわって生きていくより難しく、人間らしいことを・・・。そして、20年も昔の自分の思い出の中に今の状況を変える出会いがあったことに驚きました。

 認知療法だけで本を読んでいても、気付かないことはよくあります。自分は自分を知っているつもりでいるけれど、改めて他人に自分を説明するとなると、普段はあまり意識に出てこない思い出を他人にわかるように組み立てて説明しないといけなくなります。そうすると自分の気付かない自分に気付いてきます。

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